第14話 奴隷とフリムと新しい仕事。


奴隷のいるエリアは意外と広く、闘技場に近い部屋の奴隷ほどムキムキだ。


奴隷のエリアの奥には別の奴隷のエリアと繋がっていて女子供や老人などもいた。闘技場近くは戦闘奴隷や闘う奴隷たちが多い。戦えない存在はただ売れるのを待っていたり雑用を申し付けられていたりする。女性は基本娼館行き、最低すぎる。


とは言え奴隷の中には税金が支払えなかったり食糧不足で来るものもいたと考えると……村全体で餓えて死者が出るぐらいならまだここに来たほうがマシだったのかも知れないが。



やっと闘技場近くの戦闘奴隷のいる場所の掃除が終わりそうだ。腐った藁やボロすぎて持ち上げるとちぎれるような布らしき寝床なんかをこれまたボロだが洗った絨毯に換えることが出来た。少しはましになった。


自分の住む建物にネズミがいて当然とか……いや、ほんと酷いなドゥッガ親分さんは………。


今では奴隷の住む場所は息が詰まるような悪臭もなくなったし少しは助けになったと思う。顔を腫らした奴隷を見るとやはり胸が詰まるような思いはするが……。



掃除で魔法を使ううちに体の魔力を深く感じとれるようになり、水を操るのもうまくなってきた。親分さんにもお風呂を味わってもらって更に私は気に入られたと思う。………できればこんな場所おさらばしたいが外の世界を知らない小娘が伝手も無しでそんな事はできないのだけど。


掃除自体はうまく行っているのだが―――


「ばぁっ!!」


「わっ!?……もう!尻叩きで!!」


「はぁ、わかりました」



なんか遊ばれてる気がする。尻叩きでは罰にならないのか尻を見せたいのか、もうこれで6人目である。よっぽど娯楽がないのか、それともこれが彼らの距離のとり方か……。嫌われているわけではないだろう。


古くなってボロボロだった絨毯を集めて寝やすくしたし、トイレや水飲み場もピカピカにした。毎回来るたびに給水樽に水を入れて、水浴びができるようにして…………何故か悪戯されている。


いたずらすることで『どこまで許されるのか』を測っているのかも知れないが……そろそろ尻を叩くローガンさんの手が心配になってくる。



「チッ」

「………」

「シャー」

「へへっ」



それでも全員に好かれているあるわけではない。舌打ちしてくる奴隷もいれば睨みつけてくるものや全く動かず手伝うこともないリザードマン、それに媚びてくるおじさんもいる。


奴隷なんて制度は酷いものだと思うが一度に全部どうにかできるわけではない。


最後の部屋の壁に高圧洗浄をかけ終え全体を流す。



「あのローガンさん、いつもありがとうございます」


「いえ」



ローガンさんは静かに助けてくれて本当に助かる。奴隷頭になって取りまとめをする前は兵士だったとかで彼がいると基本的に奴隷は言うことを聞く。悪戯してくるのは明日の命も知れないおっさんばかりでローガンさんも頭を悩ませているがまぁ許してあげてほしい。


彼は言われたこと以上をしない。出しゃばらずにいる奴隷としての生き方は悲しく思うが……それがここでの常識なのだろう。


それでも、その範囲で可能な限り手助けしようとしてくるし、私を見る目がまるで自分の子供を見るようで……きっと性根が優しい人なんだ。



「それじゃまたおねがいしますね」


「はい」



きっと、カフェなんかでコーヒーを飲みながら新聞を読むのが似合うだろう。体格の良さと傷跡が残っているからちょっと怖がられそうだけど。白い犬とかが似合いそうだな。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




掃除もしているが私のメインのお仕事は飲み水を出すことと金勘定だ。


親分さんの横でお金を数える。路地裏生活では日に何度も殴られていたし体がどこも痛かったし食べれずにいたが今はそんなこともない。


お風呂を親分さんに試してもらってからご機嫌で、私も自由に使ってもいい風呂の権利やお肉や果物をくれた。



「もしかしたら仕事を頼むかもしれん」


「何をすれば良いのでしょうか?」


「まぁ掃除とかだな」



……それといつのまにか謎の仕事を取ってきたかもしれない。


まだ娼館や売られる奴隷のいる場所の掃除はできていないが親分さんの命令が第一である。



「はい」


「貴族が関わるがそんな肩肘張らずいつも通りでいいからな」



貴族、聞いたことはあるが殆ど知らない存在。


人をボコボコにして殴り殺す親分さんよりも恐ろしい存在で「人を弄んで殺す」なんて噂もあるやべー人種。前世の道徳観で考えるに多分血の色は青色、貴族はきっと人間じゃない。



「出来ないことは出来ないですが大丈夫ですか?」


「あ?あぁ大丈夫だ。知ってる貴族だからな、ここにもじきに来る」


「!?」



この警戒心の塊のような親分さんがこの部屋に人を呼ぶ!!?いやいや、そんな話聞いたこと無いし「ここに」って下の賭場にだよね?


しかもやけに上機嫌で……と思ったらほんとに来た。



「入るぞー」


「おう」


「ようドゥッガ!久しぶりだな!」


「久しぶりって……この間あったばっかだろうが、こら部下の目の前で抱きつくな暑苦しいぞ!?」



コンコンとノック音が聞こえた瞬間私は虫になった。


部屋に軽くノックして入ってくるような礼儀正しい人間はドゥッガ一家にはいない。無音で部屋の隅で土下座の構えだ。何が起こっているかは分からないが見ちゃいけないものの気がする。



「まぁ座れよ、水でも飲むか?」


「水?飲もう」


「ほらよ、まぁ飲め、好きなだけな」


「あぁ……とんでもなく美味いな?!!何だこれ!??」



頭を下げているので部屋で何が起きているのかはいまいちわからない。だが、水が美味しいのは何より。私から出た水だ、これで生存率は上がるだろう。


そんなに美味しかったのかな?



「ハハハ!だろう!……バーサー、面白いやつがいてな、仕事で使ってみねぇか?」


「仕事?お前が言ってくるなんて珍しいな」


「いや、あれだ、お前から言ってきた仕事だ。掃除の人夫」


「何だよ勿体ぶりやがって」


「それがな、紹介したいのがこいつなん………フリム?あ?ビビってんのか?」



できればこのままこの状態の虫で有りたかった。


存在の気付かれないこともある虫。ソファーの陰で土下座しているが相手の顔も見ずにいたかった………。



「許可がないと、お貴族様の顔を見ちゃダメって聞いたことがあります」



街の噂で耳にした話だ。


どう対応するのが正解かは分からないが最大限へりくだっておこう、貴族怖い。



「何だ気にすんなこいつは顔はこえーが大丈夫な貴族だ、おら顔上げ……よっと」



顔をあげる前に服ごと持ち上げられた。



「えっ……?」



持ち上げられて前を見ると、親分さんがいた。



「クハハハハハ!そうなるよな!?な!!!」


「ハハハハハ!何だお前意地悪だな!何も言わなかったのか!」



眼の前の親分さんはゴテゴテの成金のような服を着ていて、横で私をつまみ上げてる親分さんはいつもの親分さんだ。


思わず二人の顔を見比べてしまった。



「え?え?」


「何だ、いい反応するなこの娘は」


「フリムです。水の魔法が使えます」


「バーサル・ドゥラッゲンだ。見ての通りドゥッガとは兄弟だ」



一卵性双生児だ。


貴族で、親分さんの兄弟って……普通の貴族より危険度が格段に上がった気もするが逆に安心なのだろうかこれ?分からないが驚いた。



「なるほど、びっくりするぐらい似てますね」


「だろ!この間の金勘定してたときも入れ替わってたからな!!」


「嘘っ!?いや本当でございますか!?」


「うっそーん、クハハハハハハ!何だこの小娘、最高じゃないか!!」


「兄貴……人が悪いぜ、気持ちはわかるけどもよ」



どうやらバーサル親分兄様は愉快な性格をしているようだ。


っていうか「顔が怖い」って同じ顔じゃない………。



「で、フリム、仕事ってのはドゥラッゲンの像を洗うことだ、できるか?」


「像?ですか?」


「そうだ、ブラシで擦ってもそんなに汚れは取れんしお前の水魔法でバシャーっとやれバシャーっと」


「この子は強い魔法が使えるのか?」


「攻撃魔法ほどの規模はないが面白い使い方してるぞ」


「ほう、まぁ少しでもましになるなら良いが」


「あの……はちゅげ?!」



噛んだ。思ったよりもフレンドリーなお貴族様だがそれでも緊張していたのかもしれない。恥ずかしさよりもすぐに言い直す。



「ん?」


「コホン、発言よろしいでしょうか?」


「許す、言って見なさい」


「まず水を強く当てて汚れを飛ばしているので像が室内だと出来ません、汚れが周りに飛び散ります」


「なるほど」


「次に像の強度が脆くなっていたりしたら壊れるかのっせいがありま……あります」



怖すぎて噛む。


滑舌が悪いお子様ボディが原因か、それとも命の危機である恐怖からなのか……。



「クフフ、続けて」


「その、素材やそれまで晒された環境次第でむしろ汚れが出てくる可能性もあります」


「ほう」


「だから壊れたり、掃除して汚くなっても責任は取れない、です」



それでも言っておかねば、殺されるかも知れない。


親分さんの見立てでは私は使えると判断したようだが今まで掃除した平面に近い壁や床に穴の空いたようなトイレと違って像は立体で複雑な形だ。しかもどんな環境に晒されてきたのかもわからないし簡単に壊れるかも知れない。


親分さんには気に入られているが、このバーサルという貴族様が同じ性分とは限らない。最大限警戒しなければならない。



「なるほどな、じゃあ壊したり汚れる可能性はわかった。やれ」


「………はい、頑張ります」



どちらにしろ命令は絶対である。

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