第13話 奴隷のいる檻。
正直少し来るのは怖かった。単純に親分さん的に奴隷のいるスペースは優先順位が低いから後回しにせざるを得なかったんだけど……自分の考案で暴力を行い、暴力にさらされるようになった彼らを見るのは、少し怖かった。
ボクシング的なものは定着した。武器を持って殺し合うよりは良いと思うが……それでも私が提案したことで誰かが傷ついていることに変わりはない。
完全に偽善、むしろ私が発端で、悪ですらあると思う。ただ同時に現代社会を生きてきた大人の私は「その方が良いはずだ」と言っている気がする。
「ローガンさん、よろしくお願いします」
「奴隷の私に頭を下げる必要はありませんフリムお嬢様」
「いえ、全体の掃除をするので私について奴隷の統率をおねがいします」
「かしこまりました……しかしくれぐれもお気をつけください」
「はい」
人権もないこの世界にも法はある。彼ら奴隷は法によって裁かれた奴隷が大半だがそうじゃない存在もきっといる。賄賂の横行するようなこんな国だとまともな裁判は受けられないだろうな。
冤罪で刑務所に入ったような心境は私には計り知れない心境だろう、やけになって自分が死んでもなにか騒動を起こす可能性だってある。
ローガンさんに命じられて掃除を手伝ってくれる人がいるが……皆きちゃない。高圧洗浄で掃除するのに、泥まみれの人間が近くにいると汚れを撒き散らしかねない。
「こ、これから皆さんには水浴びをしてもらいます!」
「よろしいので?」
「親分さんには好きにしろって言われてるので大丈夫です!」
ここでは雨水だけど水の桶があってそれを使って体を拭うことぐらいならあるようだが……うん、桶もきちゃないので洗ってもらい、人数もいるし人が入れる桶を集めてもらって水を入れていく。
「<水よ。出ろ>」
これ、お湯だったら良いんだけどな………ん?
水を出しながらふと思った。水の温度ってどうやって決めてるんだ?
元は水を出すだけだったのがオゾンを出せるようになったりもした。しかし水の温度は考えもしなかった。一旦水を止めて試してみる。イメージは45度ぐらいのお湯。容器に入れば少しは冷めるからもうちょっと熱いほうが良いかな?
「<お湯よ。出ろ>」
出た。けど、魔力かなり使う。常温から温度を変えると魔力を使うものなんだろうか?
いくつかの大桶にお湯をためて行って……私は意識を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「大丈夫か?フリム」
「親分さん?新しい魔法練習してたら寝ちゃいましたへへ」
寝起きにその凶悪な顔はキツすぎる………。けど、ごますりは欠かせない。親分さんは心配そうにしているし、もうごまをする必要もないのかもしれない。
「ったく、ローガンが慌ててたぞ?明日まで部屋で寝てろ」
「……はい、あの、親分さん」
「なんだ?」
「奴隷の人たちは悪くないんで罰とかはなしでおねがいします」
「……まぁいいが」
謹慎を命じられたので自室で休む時間が出来た。親分さんは部屋に壁にある服用のフックとベッドしか無いのを見てか机と椅子を運びいれてくれた。
ちょっと反省、倒れるまで魔法が使いたかったわけじゃなくて、もうちょっとで最後の大桶がいっぱいになると思って無理をしてしまった。自分で『もう無理無理きつい!』と言う感覚はなく『寝落ちしただけ』のような感覚で止めようもなかったがこの幼女ボディではあれが限界だったのかもしれないな。
―――寝転びながらどうせなので魔法について整理して考えてみる。
普通の水は結構好き放題出せる。うむ、私唯一の特技だ。
お湯が出せるなら氷も出せるかと思ったが氷は出せなかった、ひんやりした水がせいぜい。お湯は結構出せる。
この違いはなんだろうか?イメージの差?それとも慣れとか習熟度の違い?体の中の謎エネルギーの操作?
……分からないがこれ以上魔力を使うのも良くないだろう。ベッドでなにかヒントはないかと本を読んでるうちに寝てしまった。賭場全体の掃除もしていたしこの体は疲れているのかもしれない。
起きると机の上に燻製肉と果物とパンとコップが置いてあった。いつもの親分さんのメニュー、親分さんがもってきたんじゃないよねこれ?まさか……ね?
休むように言われて謹慎の1日、奴隷は私が倒れたことで罰を受けてないかとか心配になったけどどうすることも出来ないし勉強してその日は終わった。辞典サイズの本は読破は出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ご心配おかけました」
「もう大丈夫なのでしょうか?突然倒れたので驚きました」
「初めて使う魔法で疲れて寝ちゃったみたいです。頑張って掃除しましょう!」
「お気をつけくださいませ、次は我々の首が飛びます」
「絶対気をつけます」
比喩ではなく物理的に飛んでしまう。気をつけないと……。
奴隷たちはまだ私に敵意を向けるものもいるがかなり柔らかくなったように感じる。お風呂一つでこんなに態度が変わるとは驚きである。
檻の中にも高圧洗浄をかけて行き、その間は別の場所で作業をしてもらう。ベッドなんかはないがいつからあるのか用途も不明な腐った藁なんかは全て入れ替えだ。代わりに賭場の真っ黒だった絨毯をもってきてブラシで擦ってもらって導入する。捨てられる前に回収できた。
地下の檻の中には木製のベッドなんかは置くことが出来ない。加工すれば武器になるからだが……檻には物がなくて掃除自体には助かる。
壁の掃除をしながら偶に水を持って行ってもらって絨毯を洗わせる。
「あの、そんなに水を使って体は大丈夫なんですか?」
「お湯じゃなかったら全然いくらでも使えますよ」
「……凄まじいですな、お嬢様はどこかの精霊と契約済みで?」
「いえ、多分そういうわけじゃないんですがいくらでも使えます」
「………」
奴隷たちにはしっかり掃除してもらう。むせ返るほど臭い積もった泥にいきなり高圧洗浄をすると泥が弾け飛んできちゃない。
ブラシや手ぬぐいでガシガシ洗ってもらってから洗浄すると驚くほど汚れが落ちる。マンパワー大事。
「うぉるあっ!」
「ひっ?!」
「ははは!ビビってやがうぐっ!!?」
ヒゲモジャのおじさんが曲がり角で顔を近づけてきて脅かしてきて驚いた。
素早くローガンさんがその男にボクサー顔負けのボディブローを一発入れるとその男は真っ青になって膝から落ちた。
「このお嬢様は儂らのために掃除してくださってるっていうのに馬鹿が……お嬢様すいません。この男をどう処しますか?」
「え、その、できれば痛くない方法で」
「わかりました……処刑人に剣を磨いておくように「いやその、じゃ、じゃあお尻叩きで!」は?わかりました、回数はいか程にしましょうか?」
「い、一回で!」
ローガンさんは膝立ちでお腹を抱えてプルプルしてる男を後ろから押して貫頭衣の尻を私に見えるように脱がせた。止めてください見たくないです。
「お嬢様の温情に感謝するんだな」
「………ちょ、ちょっとからかっただ」
バァァンとローガンさんがボウリングのようなフォームでものすごい速さで男の尻に叩きつけ、人の体から聞いたことのないような音がした。
たった一度で男は尻を丸出しで動かなくなった。
「何発か増やさなくても本当によろしいので?」
「はい!掃除に戻りましょう!」
脅かしてきた男は哀れにも尻丸出しで動かなくなったので掃除に戻る。いくつか綺麗にしたが水浸しだし、奴隷のいるエリアを一度に全部掃除してしまうと寝る場所がなくなるので今日はここまで。
「今日はこの辺で終わりですが、ローガンさん、大桶をまたもってきてくれますか?」
「はい、しかしご無理はなさらぬように」
運ばれてきたいくつかの大桶には水をためた。残りの魔力の余裕もあるし倒れない程度に最後の一つにお湯をいれた。
……正直私もお風呂に入っていない。水浴び手ぬぐい生活の私が率先して入りたいがぐっと堪える。こんなおじさんたちのいる前で裸になるなんてありえない。
「今日はここまでです、全部にお湯はいれられませんがローガンさんと良く働いてた人とかで入ってください」
「ありがとうございます」
以前下見に来たときのようにお腹が裂けていたり死を待つしか無い奴隷が転がされているようなことはなかった。
掃除で見た、ボクシングで顔がボコボコになっている奴隷の人にはすごく申し訳なかったが……それでも熱狂に任せてただ殺される人がいるよりは良いと思う。
――――脅かしてきた人、大丈夫かな?
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