五 正体

「おう! 東出ひがしで、ご苦労だったな!」


 手錠をかけられ、引っ立てられて行く実行犯達を眺めていると、背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえる……振り返ると、そこにいたのはトレンチコートを着た初老の刑事だった。


 俺達、特殊詐欺捜査班の班長である。


「ああ班長、お久しぶりっす。てか、なにがご苦労だった…ですよ! 今回の潜入捜査がこんな大変だなんて聞いてなかったっすよ? 楽な仕事だって言われてすっかり騙されましたよ!」


 開口一番、俺は挨拶もそこそこに溜まりに溜まっていた彼への文句を遠慮なくぶちまけてやる。


「なに言ってんだ。俺の若え頃なんかなあ、もっとキツイ捜査を寝る間も惜しんでさせられたもんだ。最近の若いもんはパワハラがどうのこうの、口ばっか達者になっていけねえ。おまえら若僧はもっと身を粉にして働け!」


 だが、年寄りによくある「俺の若い頃」発言をコテコテにすると、まったく聞く耳を持たないどころか逆にお説教までしてきやがる。


「ああ、それがまさにパワハラってやつっすよ! これで有給くれなきゃマジで訴えますからね? それに、俺の今の偽名は〝東出〟じゃないっす。〝実波〟ですからね?」


 俺は不快極まりなく眉間に皺を寄せると、改めて文句をつけるついでに名前の間違いも指摘してやる。


「ああ、そういやそうだったか……だが、今回の逮捕でその偽名も反社に知れ渡っちまうだろう? 次はどうする?」


 すると、すっ惚けたようにそう言った班長は、少し考えてからそう返してきた。


 ま、確かにそれは班長の言う通りだ。もうこの偽名は囮捜査や潜入捜査には使えない。


「うーん、そうっすねえ……じゃ、ニセノ…もとい、西野ニシノとでも今度は名乗りますか」


 俺は夜空を見上げてしばし思案した後、不敵に口元を歪めながら、そう、班長に答えた。


                (騙されて闇バイト 了)

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騙されて闇バイト 平中なごん @HiranakaNagon

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