三 足抜け

「──よし。着いたぞ。今日の獲物はあの家だ」


「ちょっと待ってくれ。悪いがもう疲れた。俺はここらで脱けさせてもらうぜ」


 真っ暗な深夜の田舎道、いつもの如くターゲットの家近くで送迎のバンを停め、リーダー格が指示を出そうとする前に俺は話を切り出した。


「はあ? 何言ってんだ。んなこと許されるわけないだろう? もしんなことしたら〝露平〟に始末されるぞ?」


 バンの中にいるのは見張り役も務めるリーダー格と運転手、それに俺を含めた突入役四人の計六人……リーダー格はポカンとした顔で、何を言い出すんだと予想通りの反応を見せる。その他のやつらも同様にポカン顔だ。


「なあに心配はいらねえよ。それよりおまえ達も一緒に足を洗わないか? まがりなりにも一緒に働いたよしみだ。悪いこたあ言わねえ」


「無理だ。俺達、実家の住所も知られちまってるしよ。逃げたらどんな報復されるか……」


「そうだよ。俺だってほんとは辞めたいけどよ。俺達は黙って従うしかねえんだよ」


 お決まりの忠告をするリーダーや仲間達の顔を見回し、俺は彼らにも足抜けを勧めてみるが、やはり恐怖で支配された彼らのマインドではどだい無理のようだ。


「そうか。残念だ。せっかくの減刑にできる最後のチャンスだったんだがな……これから〝露平〟と話をつける。まあ、聞いててくれ……」


 いくら悪党でも、袖擦り合うはなんとやらというやつだ……俺は溜息混じりにそう告げると、スマホをスピーカーモードにして指示役にSNSで連絡を入れた。


「ああ、露平か? 急で悪いんだけど、今日限りで闇バイト辞めさせてもらうわ。世話になったな」


「……はぁ? てめえ、言ってることの意味ちゃんとわかってんのか? てめえの個人情報は全部押さえてるんだ。どこにも逃げ場はないし、家族がどうなっても知らねえぞ?」


 よっぽど予想外の発言だったのだろう。電話の向こうの〝露平〟は一瞬固まった後、明らかにこちらを見下した態度でそう脅しをかけてくる。


「フン……俺の個人情報を全部押さえてる? おいおい笑わさないでくれよ。まさか、あんなデタラメな履歴書信じてるわけじゃないよな? おまえら、俺の本名すら知らねえじゃねえか」


 対して俺は鼻で笑うと、下等動物を侮蔑するかのようにそう言い返してやった。


「なに……?」


「実波義明って名前、もしかして本名だと思ってたのか? こんなわかりやすい偽名にしてやったってのによ。まだわからないなんてガッカリだぜ」


 眉間に皺を寄せていることが容易に想像できる呟きに、俺は小馬鹿にするような口調でさらに話を続ける。


「ヒントは〝実〟を〝ジツ〟、〝波〟を〝ハ〟と読み替えることだ。〝義〟と〝明〟も違う読み方すると……さあ、どうなる?」


「ジツ…ハ……ジツハ、ギメイ……〝実は偽名〟!?」


 それに答えたのは、電話の向こうの〝露平〟の代わりに前の席に座るリーダーだった。


「ピンポーン! リーダーに10ポイントだ」


 簡単すぎるクイズだったが、最初に当てたリーダー格の男をおどけた調子で俺は褒めてやる。


「となりゃあ、現住所や略歴、実家の住所その他も推して知るべしだ。ま、家族に危害加えたいんだったら、別に実家を襲撃してもらってもかまわないぜ? ただしその住所、某極道の組長宅だったりすんだけどな。キヒヒヒ…」


 リーダーから再びスマホに向き直り、なおも種明かしを続ける俺であったが、お茶目な自分の悪戯に思わず笑いが込みあげてきてしまう。


「てめえ……覚悟しとけよ? ぜったい捕まえて落としまえつけさせてやるからな!」


「おお、怖い怖い……でも、それはたぶん無理だと思うぜ? だって、おまえらはこれからしばらくムショ暮らしだろうからな」


 その震える声からして怒り心頭の〝露平〟であるが、俺はさらにおちょくるようにして、ようやく本題を語り始めた。

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