第1話 1軍エースと3軍のモブ

 小学3年。クラスに2学期から転校してきた彩音は他の子とはちょっと違っていて、転校初日は薄青うすあおの半そでワンピース、黒く長い髪にピンク色のカチューシャ。やや大きめの少し目じりが上がった瞳。


 それに薄っすらと化粧をしていたのか、ツルツルの白い肌と赤みを帯びた口元で自己紹介している姿が印象的だった。


 チープな表現だけど、お人形みたいな可愛い子だなって思ったんだ。


 でも、お人形だったのは初日だけで、次の日からは他の子と同じように動きやすい格好で学校に来るようになった。もちろん化粧もしていない。だけど、ショートパンツに色鮮やかなシャツだけでも何だかお洒落に見えて、他の子に比べてどうしても目立っていた。


 彩音は性格も快活そのもので誰にでも分けへだてなく接するから、すぐに周りに友達ができていた。勉強もできて、よく手を挙げて発表をするタイプ。さらにクラスの中では3番目くらいに足も速かったと思う。2週間が経った頃にはすでにクラスの中心と言ってもいい存在になっていた。


 一方の俺はオタクの陰キャ。学校から帰るといつも宿題そっちのけでゲームをして、ゲームに飽きるとアニメや漫画、ラノベを読み漁るような子供だった。



 そんな二人だから当然接点なんてどこにも生まれない。小学校の同じクラスと言っても、スクールカーストの1軍のエースに君臨する女の子と最下層3軍のモブキャラの間にはどうやったって埋めがたいマリアナ海溝かいこうがあるのだ。


 小学校の3・4年はクラス替えは行われない。俺たちは何の進展もないまま4年生になっていた。


 あれは5月のゴールデンウィークが明けた数日後だったと思う。いつものように一人で下校していると、川辺で大声を出す女子の声が聞こえてきた。そのただならぬ狼狽した様子に放っておくことができずに近くに駆け寄った。



「助けてぇ! 誰か助けてくださーい! 子猫が……ああ……流されちゃう……」


 大声の主は彩音だった。その視線の先には川で黒い子猫が流されていく姿が。俺はランドセルを放り投げると思いっきり助走をつけて川へ飛び込んだ。


 幸いなことに俺は泳ぎだけは得意だった。この川も昔はよく泳いでいたし、当時の俺の身長でもギリギリ足がつくことだってわかっていた。


 でも、彩音はそんな知識はなかったのだろう。どうしていいのかわからずに、ただ流される子猫を視界に収めるしかなかったのだと思う。汗を飛ばし、必死に助けを呼びながら。



 無事に子猫を救出して俺は彩音の元へ戻った。着ていたシャツを脱いでびしょ濡れの子猫を包むと、彩音は「よかったねキミ……助かって本当に良かったね……」と言いながらポロポロ涙をこぼしていた。


 同じくらいびしょ濡れの俺も子猫を助けられたことに満足していた。ただ、こんなチャンスは二度と訪れないかもしれない。だからこそ何か話したかったけど、まともに女の子と会話したことがない俺はキョドりまくった挙句、何も言わずにその場を後にした。



「ありがとうキミ!」


 後ろから声がして振り向くと、彩音が子猫を抱えたままこちらを向いていた。川面がキラキラ輝いていて、彩音の周りに可愛さを倍増させるエフェクトがかかっているように見えた。



「あ、いや……ボクは」


「なんだかんだで困っている人を迷いなく助けられる人が一番とうといんだよっ!」


「へ?」


「わたしは今、人生で一番感動してる! 本当にありがとうキミ! ……えっと、御影みかげ哲兵てっぺいくんっ!」


「あ、うん」


「わたしは今から水泳を習いに行く」


「は、はい?」


「今度はわたしがキミを助けるから!」


「ちょ……言ってる意味がよく――」


「じゃあ、また明日学校で!」


 そう言って、彩音は猫を抱えたまま走って行ってしまった。何なんだろう一体。初めて話したけど凄かったな。……でも、やっぱりいい子だった。完全にモブの俺の名前も覚えてくれてたし……うん、嬉しいな、とても。



『なんだかんだで困っている人を迷いなく助けられる人が一番尊い』……か。俺は全然そんなんじゃないのに――



「じゃあ俺も何か習いに行くか。ゲームソフトを買うお金を習い事のお金に回して……いや、でもそんなこと……あーっ、もうどうすりゃいいんだよぉぉ!」


 結局俺は、その日の夜に父ちゃんを説得して翌日から剣道を習いに行くことにした。やっぱり、ゲームを買うお金を習い事に回すことが条件になってしまったけど。


 習い事に剣道を選んだのは、頭の中がファンタジーだったからだと思う。剣が使えたら守れると思ったんだ。大事なものを。

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