「風ひかる」

西しまこ

第1話

 うららかな春の日の午後。

 庭で、ひかりが踊っていた。茂れる緑に花々に、ひかりが美しく反射して、まるで天使が踊っているかのようだった。風がひかっている。

 三寒四温と言うが、もう「三寒」はなくなり、あたたかい日々が続いていた。


 今年の冬は寒かった。底冷えする寒さで、身体の芯まで凍えてしまいそうだった。身体が冷えると、なんだか気持ちも落ち込んでしまって、陰鬱な冬の景色もわたしを暗い気持ちにさせていた。


 冬につらいことがあった。一つ一つはささいなことかもしれない。でも、気持ちは落ち込んだ。


 庭に遊びに来ていた猫の姿を見なくなった。もう十年来、欠かさず毎日通って来ていたので、死んでしまったのかと思うと悲しくなった。夫は「そのうちまた来るよ」と言ってくれたけれども、もう永久に来ないような気がしてしまった。

 大切にしていたピアスを落としてしまった。友人が作ってくれた、想い出のこもったピアスだった。特別なときにつけていたピアス。でも、気づいたら片方なくなっていた。

 そして、息子の健が、学校で何かがあり、学校に行きたがらなくなったことも、わたしのこころを重くしていた。学校で何があったかは、分からないままだった。


 冬の寒さと暗い景色が、わたしのこころを圧し潰していた。

 でも。

 季節が巡り、梅の花が咲きれんぎょうが咲き雪柳が咲き。桜が咲くころには、若葉が美しくひかるようになった。

 そうしたら、外に目が行くようになり、青々とした緑を見ていると、だんだん気持ちが上昇してくるようになった。不思議だ。


 年度が変わって、学年が一つ上がり中学二年生になりクラスが変わったら、健は学校に休まずに行くようになった。何が起こったのかはやはり分からないが、とにかく、毎日学校に通っている。あまり何もしゃべらないが、学校へ行くだけでいいかと思うことにした。


 思いついて、寄せ植えをすることにした。

 ホームセンターで、鉢を買い土を買い、好きな花を選んで買った。家に帰り、自由に受ける。作法とかあまり気にせずに植えたら、けっこうきれいに出来て、嬉しくなった。玄関に飾り、眺める。


 そのとき、春の風が吹いてわたしは空を見上げた。

 空には羽根雲が浮かび、わたしの背にも羽根が生えるといいと思った。

 あたたかくなった。もう夏の気配を感じるほど。


「ただいま」

 振り向くと、健が帰って来た。

「おかえりなさい」と言うと健は「おべんとう、ありがとう。おいしかった」と言った。「よかった!」とわたしは答える。こんなこと、言ってくれたのは初めてだった。


 目の端に何かが横切るのが見えた。

「にゃあ」

「とらちゃん! お腹空いてる? ごはん食べる? ちょっと待っていて」

 わたしは慌ただしく家の中に入り、猫のためのごはんを用意した。

「花、きれいだね」と健が言う。

「ありがとう!」


 今日は風がひかっているのが見える。



   了



一話完結です。

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「風ひかる」 西しまこ @nishi-shima

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