目覚め

「……か……お……か?」

 夏樹は朦朧とする意識の中で、人の声と水の流れる音を聴いていた。

「……い……大丈夫かい?」

「……っは!」

 はっきりと意識を取り戻した夏希は、すぐさま身体を起こし周囲を見渡す。

 すぐ横にはキラキラとした川が流れており、その周りには青々とした木々が生い茂っている。

 どこか山の中であるようだ。

 「ここは……まさかホントに異世界か?だとしたら他のみんなはどこに……」

 「おいアンタ、大丈夫なのかい?」

 目を見開いてキョロキョロとしている夏希に、驚きと不信が交ざった視線を向けながら老女は話しかける。

 どうやら先程から夏希に声をかけていたのはこの老女だったようだ。背中の籠には野菜らしきものがいっぱいに入っており、服の汚れ具合からも農作業のあとであることが伺える。

「えっとォ……とりあえず大丈夫だと思います。それより聞きたいことが沢山あって……教えてもらってもいいですか?」

 夏希にとっては、彼女がこの状況で唯一の頼りなのである。ここが元いた世界であろうが異世界であろうが、それは変わらなかったであろう。見慣れぬ土地での会話が通じる相手というのは何よりも心に余裕を与えてくれる。

「それは内容によるが、まあエエじゃろ。なにやら困っとるようじゃしのう。付いてきなさい。ワシの住んどる村まで案内してやるわい。」

 老女からしてみれば夏樹など怪しさの塊でしかない存在であるが、それを上回るほどに彼からは混乱している様子がヒシヒシと伝わるため、よほど冷酷非道でなければ手を差し伸べるだろう。

「──ありがとうございます!」

 こうして夏希は老女と共に、彼女の住む村まで行くこととなった。




 夏希が倒れていた川から村まではそこまで距離があるわけではないらしく、到着には夏希の体感でも十五分とかからなかった。

 しかし老女が歩いて行く道はおよそ道と呼べるものではなく、付いていくのに精一杯だった夏希は移動の間、ろくに喋ることはできなかった。

 対して老女は汗一つかいておらず、いくら歩きなれた道とはいえここまでスイスイと進めるものか、と夏樹は今にも倒れそうな身体を木にもたせ掛けた。

「ほれ、着いたぞ。生きとるか?」

「……は、はい。なんとかですけど……」

 村の入り口には木造の立派な門とやぐらのようなものが構えられており、夏希はゼエゼエと肩で息をしながらそれを眺めていた。

「おおい!トビさん!今帰りかい!」

「そうじゃ!今回も立派に育った野菜がたくさん採れたわい!」

 櫓の上に立っている中年であごひげを生やした男はよく通る声で老女と会話を始める。

 横でそれを聞いていた夏樹だったが、そこで初めて彼らが流暢りゅうちょうな日本語を話していることに気づく。さらに彼らの着ている服なども、細部までは不明だが見るからに日本由来のもの、といった雰囲気である。

「なんか異世界に来たってよりタイムスリップした気分だな……」

「ほれ!早うお主も入ってこい!」

 立ち尽くす夏樹に向けて、一足先に門をくぐっていた老女は呼びかける。

「……考えても分からねえし、ひとまず情報集めが先か。それに、稔紗はともかく涼や彩飛さんは大丈夫だろうし。海空は……まあ、何とかしてるだろ」

 夏樹は目を瞑って大きく深呼吸をすると、村へと大きく一歩を踏み出した。

 

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