Somewhere Around The World

ナカムラマイ

参拝

 とある山の中、歩道はついていないが舗装はされている道路を五人組の少年少女が歩いている。

 上から見るとサイコロの五の目の様に並んでいる彼らは、どうやら太陽が沈みゆく方角へと進んでいるようだ。

っちぃ……」

 夏希なつきは眉間に皺を寄せながら呟いた。気温は恐らく三十五度を超えており、彼の着る中学校の制服はすでに汗でびしょ濡れである。

「暑いと思うから余計に暑く感じるんだよ。ほら、心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃないか」

 そう言うりょうは夏希とは対照的にあまり汗をかいていない。

「涼は汗かきにくい体質だからそんなこと言えるんだよ……」

 わずかに夏希の歩くペースが上がる。すると夏希の隣を歩く涼も、それに遅れないようにと歩幅を広げた。

「暑いと言うより蒸し暑いって感じね……」

 先頭を歩く夏希と涼の話をぼんやりと聞きながら、稔紗なりさは軽い訂正を挟む。彼女は道の両脇からはみ出している木々の隙間から見える空を一度仰ぐと、今度は横を歩く彩飛あさひの方へ顔を向けた。

「彩飛先輩、今って何時ですか?」

「……十七時五十九分だね」

 この中で腕時計を唯一つけている彩飛は左手首を確認し、質問に対して正確に答える。

「それ十八時ろくじでよくないですか……」

 几帳面な彼女の回答に対して水を差したのは、この集団の真ん中を歩いている海空みくである。

「相変わらず海空は手厳しいなァ」

「彩飛先輩が優しすぎるんですよ!それでアンタはいちいち余計なこと言い過ぎだから!」

 小言を言う海空と、笑顔でそれを軽く聞き流す彩飛の顔を、稔紗は鼻の穴を膨らませながら交互に見る。

 しかし当の二人は、この光景も見慣れたものなのかドウドウと、息を荒くしている彼女を宥めていた。

「稔紗は相変わらずだね」

「こっちに飛び火するのだけは勘弁してくれよ……。ただでさえ暑いんだ」

 後ろに付いている三人組の様子をチラチラと見ながら、先頭組は自分たちの身を案じている。

「怒るのもそのへんにしとけよォ。余計に暑くなるぞ」

「──それもそうね」 

 なかなか火が収まらない稔紗を見兼ねたのか、夏希が諭すと彼女は一瞬だけ眼を細くした後、「これ以上暑くなるのは確かに嫌だ」という顔で納得をした。

 そうしてまた、山中の道路には暑さと汗を身に纏った彼らの足音のみが鳴り始める。




 しかし、数分続いたその時間を終わらせたのは五人の誰でもなく、激しい高音であった。耳をつんざくようなその音に頭を抱えた彼らはその場で立ち尽くす。

「──なにこれッ!」

「頭……割れそう……!」

「いやこれもう頭割れちゃってるんじゃないか!痛すぎるぞ!」

 どうやらその高音は五人の頭にのみ、鳴り響いているようである。そのため傍からは、彼ら五人でふざけているか、はたまた偶然にも同時に頭痛が襲ってきたかのどちらかに見えるだろう。

「なんとか救急車だけでも──」

 あまりの痛みに脳内と視界が白に光っていくなか、涼と彩飛の二人はスマートフォンを取り出そうと学生鞄を探っていた。

 しかしそんな努力も虚しく、彼らはひっそりと意識を失った。




 時は少しさかのぼり、彼らがこうして共に下校をしている経緯を説明しておこう。彼らは別に普段から五人で下校をしているわけではない。

 夏休み。

 部活に補習、はたまた自習といったように各々の目的で中学校へ登校していた五人は、偶然にも帰り際に校門で出会ったのである。

「あ……」

 果たしてこれが誰か一人の声であったか、全員の声であったかはわからないが、間違いなくその場の空気は凍っていた。夏も始まったばかりであるというのに、まるで冬のような空気の冷えようである。

 家が近所で、物心ついた頃には既に兄弟のようなものだった彼らは、それでも中学生とまでなると一緒に過ごす時間は減っていた。

 さらに、思春期真っ只中の中学生にとっては一歳という年齢の違いや、部活動の違いが壁となり、昔馴染みのはずがなぜか緊張するといった具合のなんとも言えない距離感を産んだのである。

 そんな五人が偶然にもバッタリ出会うとは、少し意地の悪い神様のイタズラではないかと考えていた稔紗は空を訝しげに見つめていた。

「……せっかくだし、久々にみんなで帰るかい?」

 最初にそう切り出したのは最年長の彩飛であった。所属する剣道部の最後の大会をこの夏休みの後半に控えている彼女は、鍛錬のため中学校の武道場を利用していたのである。去年の大会でも良い成績を残していた彼女への、周囲からの期待はかなり大きいといえるだろう。加えて学業の方でも優秀なものであるから、他の四人からは年齢を抜きにしても常に尊敬の念を向けられている。

 そんな彩飛の提案が却下されるはずもなく、西日で伸びた五つの影は中学校を出発した。

「ってかこのメンバーで下校なんて彩飛さんが小学生だったとき以来じゃないか?そもそも海空なんて今年から入学したわけだし」

 歩き出すと同時に夏希がそう言いながら後ろを振り返る。

「そう言われれば……たしかにそうかも。二年半ぶりくらい……」

 名前の挙げられた海空は、それが自分だけへの問いかけではないと理解していたが反射的に返事をしていた。

「下校で集まることはなくても、他で全員集まってることなんてよくあったからかしらね。確かに私も意識したことなかったわ」

「へえェ。私はてっきり海空が中学受験すると思ってたから、小学校を卒業したときはもう皆で下校できないのかと少し悲しくなってたけどなァ。それこそ四人に一度この話しなかったかい?」

 夏希や海空と同様にやや驚いている様子の稔紗とは違い、彩飛はこの事について考えていたことがあったようだ。

「僕が受験って……なんでですか」

「なんでって……海空は昔から賢かったからかなァ。なんとなくだけど勝手にそう思ってたんだ。ごめんね」

「いや……謝るようなことじゃないですけど……。それに賢いって言うなら彩飛先輩の方が絶対賢いですよ……」

 彩飛からの思わぬ発言に、これまた反射的に海空は疑問を口にするが、それへの彩飛の答えは彼が納得のいくものではなかったらしい。

 声のトーンを落とし明らかに不機嫌そうになった海空を見て、しまったなァと考える彩飛はアイコンタクトで涼と稔紗に助けを求めた。

「ま、まあアンタは勉強してないだけで地頭は良い方だと私も思うわよ。ねえ、涼」

「えっ!う、うん。海空は不真面目ってだけだからね。宿題とかやってるの見たことないし!」

 二人のフォローは、かろうじてフォローと呼べなくもないというものであった。しかし、海空にとってはそれで十分だったらしく、顔色をケロッと変えた。もしくは初めから見た目ほど気分を悪くしていなかっただけかも知れないが。

「なあ、久しぶりにアレやらないか?」

 すると突然、夏希がニヤニヤとした顔で謎の提案をした。その、提案を聞いた四人はまさに三者三様ならぬ四者四様の反応を見せる。

「アレかァ。たしかにいいかもね」

「夏希が言うならしょうがないな……」

 どうやら彩飛と涼の二人はその提案に乗り気なようだが、海空と稔紗は苦い顔をしていた。

「……アレはなんか恥ずかしいんだけど」

「うん。アレは小学生のころだから真面目にできたこと……」

「そう言わずにさあ!せっかく久しぶりに五人で下校してるんだぜ!」

 ──渋る二人を説得しようとする夏樹だが、彼らはまだこの行動がこれから先の人生を大きく変えてしまうことに誰一人気づいていなかったのである。

 



 そして現在、気絶した五人のなかで一番に目覚めたのは彩飛であった。

「ん……うぅん」

 頭に外傷がないかを確認しながら、彼女は辺りを見回す。しかし、その結果分かったことは自分が白で包まれた謎の空間に居るということだけであった。いや、正確には白い壁があるわけではないので、白い光の中に居るという方が正しいのかもしれないが、彩飛にとってはどちらにせよ異常事態に変わりはないので大した問題ではないのかもしれない。

「病院……ではないかァ。どこだここ?」

 それでも彼女が冷静に現状を分析しようと行動できたのは、すぐそばに残りの四人がいたためだろう。最年長であるという自覚が落ち着きを取り戻させたのだ。

「目が覚めたか」

「──!」

 突然の聞き慣れぬ声に彩飛はバッと身体ごと、声の主の方へ振り向く。するとそこには、初老の男が眉を八の字にしてなおかつ八の字を描くようにその場をグルグルと歩いていたのである。

「……すみませんがココがどこか教えてもらえますか?」

「ココか?ふむ……時間もあまり無いので余計なことは話したくないが致し方なし。簡潔に言うと夢の中かのう。儂が五人の意識を繋いどるんじゃ。」

「夢の中?」

 混乱する彩飛だったが、そんな彼女を無視して男は話し続ける。

「そんなことよりも大事なのはこれからのことじゃ。いきなりで申し訳ないが、お主ら五人には儂が創った世界へ行ってもらう。巷で流行りの異世界とか言うやつじゃな。そして目的は一つ、そこで天下泰平を成し遂げてもらうことじゃ。いやはや一時はどうなることかと思ったが助かったわい」

「ちょ!ちょっと待って下さい!話が全然見えないんですけど……。そもそもあなた何者なんですか?」

「儂か?儂はお主らが先程までいた山に住む神じゃ」

「──なるほど。よくわかりました」

「おお!理解が早くて助か──」

「みんな!起きてくれ!」

 男を話しの通じない人物だと判断したのか、彩飛はそそくさと夏希達を起こし始める。

「──んあ?彩飛さん?なんで俺の部屋に……」

「しっかりしろ夏希!ココは君の部屋じゃない。とりあえず皆を起こすのを手伝ってくれ」

 彼女が寝ぼけている夏希の頬を両手で挟むようにペチペチと叩くと、徐々に彼の目がいつもどおりの大きさに開かれていった。

「そうか……たしか帰り道で急に頭が痛くなって……それから……」

「知らぬ間に全員ココにいたってことですね」

「海空も起きたか!この状況、どういうことかわかるかい?」

「……残念ながら、何がなんだか」

「だから説明はさっき儂がしたじゃろ……。しょうがない、時間はないがもう一回だけ話してやる。早くそこの残りの二人も起こすんじゃ」

 自称神の男は、そう言うと未だに意識を取り戻していない涼と稔紗の方を指差した。

「……とりあえずそうするか」

 三人は一度顔を見合わせると、同時に頷き早々と動き始める。




 「──ということじゃ」

 五人は各々リラックスした体勢で男の話を聞いていた。彩飛にとっては2度目だが、先程の説明ではなかった新たな情報もあり、より詳しく現状を把握することとなった。

「つまり、アンタは神様で別の世界を暇潰しに創ったけど、なんやかんやあってその世界が荒れに荒れてしまったせいで他の神様に詰められていると……」

「尚且つ、神自身が世界へ手出しはできないから僕たちを転生させるため、一度この空間に集めた……」

「大体はその通りじゃ」

「ごめん、全く理解できないわ」

 現状をなんとか飲み込もうとしている夏希と涼だったが、その間で稔紗は首をフルフルと降って遠い目をしていた。

「そもそもなんでその役目が僕達なんだよ……。まさか、ただあの山の中を歩いてたからとかじゃないよな……」

 男は海空に睨まれながらもキョトンと首を傾げる。

「はて?おかしな事を言うな。お主ら儂の敬虔けいけんな信徒じゃろ。小さい頃からこの山に来るたびに参拝しとったじゃないか。まあ、最近は来とらんかったがのう……って何という顔をしとるんじゃ。鳩が豆鉄砲を食ったようになっとるぞ」

 突如明かされた衝撃の真実に五人の口はポカンと開き、目は点になっている。

「……アレのせいかよぉ!」

 夏樹の叫びはこの真っ白な空間にこだますることなく吸い込まれていった。つまり彼らの言っていたアレというのは、山の中にある名もない神社の鳥居に対する二礼二拍手一礼のことだったのである。

「おお、そろそろ時間じゃな。それじゃあ、みなの衆!あちらの世界を頼んじゃぞ!目的が達成されたらこっちよ世界に帰れるからのう!」

 そうすると、口を開く間もなくその空間はさらなる白い光で包まれた。




 五人の少年少女の異世界天下統一が始まる。


 

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