15話

「菅平校長、退任だってよ」

 事が動いたのは、それから二日後と案外早かった。

「マジ? やっぱり孫のやってたことバレた系で?」

「だって。つーか遅いくらいだけどな」

「今までのことからすれば、な」

 菅平校長は、これまで自身の孫が起こした不正や恐喝、暴力行為などに目を瞑っていたことが、遂に理事長にバレてしまった。証拠は、オレのスマートフォンの『録音音声』と菅平にやられて腫れた顔面の写真だった。

「ぶっちゃけ理事長も理事長だと思うけどね。そういうの全然知らなかったとか、そっちもヤバくね?」

「なんか闇感じるよなぁ」

「いや、私立だとそんなもんらしいよ」

 話によると、理事長は学校のことを菅平校長に一任していたようだ。普段校内でお見かけしないと思っていたが、それもそのはず。ご自身は教会施設に常駐していて、たまの行事や祭事のときに顔を出すくらいの頻度だったらしい。

 後任の校長はしばらくの間空席のようだ。代理で教頭が目を光らせるとのことだが、はたして効力はいかほどか。

 そもそも。

 録音音声がどこからきたのかを説明する前に、オレが参加していた『計画』の内容について触れておかなければならない。

 あの日オレは昼休み前までに、スマートフォンへボイスレコーダーアプリをインストールしていた。用途は証拠収集のため。もちろん先輩たち三人の入れ知恵だ。

 昼休み以降で、拒否されて怒り心頭の菅平と自分を変え始めた高城先輩が二人でどこかへ移動することは、おおかた予想できていた。そのため、そういう動きを目撃した先輩たちのうち誰かがすぐさまオレに連絡。オレはボイスレコーダー機能をオンにして密会現場に張り込んでおき、高城先輩に強要したり脅しをかけたりする菅平の音声を撮れたら、それを先輩たちに送付するという算段だった。まぁ、オレが録音音声を先輩たちに送付する前にスマートフォンを投げ捨て菅平にかかっていってしまったがために、大きな誤算が生じたわけだが。

 密会現場がデンだということは単なるオレの勘だった。成功したことがある場所や時間帯を重要視する傾向にあるらしいことや、高城先輩の大切な場所で最低なことに及ぶという菅平の思考傾向から、デンに白羽の矢が立つ確率が高いだろうと踏んでいた。それはあらかじめ先輩たちと共有しておいた情報で、何かあればすぐに乗り込めるように頼んであった。

「なるほどなぁ。三年生の考えが即興にしては緻密だったわけな」

「うん。張り込んだはずのオレから全然連絡こないから、先輩たちは早い段階でデンまで来てくれたんだって。丁度そんときに英会話部顧問と副部長さんとはち合わせちゃって、仕方ないから五人でトツしてきたらしい」

「丈は自分の予測どおり、そのトツに救われたわけね」

「英会話部顧問がちゃんと味方になってくれてよかったな」

「まぁね。つか顧問は高城先輩の味方だったわけだから、自動的にオレの言い分もよく聞いてくれただけなんだけどな」

 ともあれ、証拠を手に入れたオレたちは校長室へ告発に行くつもりでいた。証拠さえあれば校長だってさすがに折れるだろうと思ったからだ。

 それでも話にならなければ、先輩たちはそのまま理事長の自宅兼教会施設に乗り込むつもりでいてくれたらしい。今回はそこまでにはならなかったけれど。

「あとは丈の怪我が完治すればってとこまできたんだな?」

「一応ね」

「パッと見た感じだと腫れてるように見えねぇけど、まだ痛む?」

「口ン中切ったとこがまだちょっとな。口内炎みたいになってる」

「肩とか平気かよ?」

「ひとまずな。部活は馴らし程度の負荷にならない範囲内で参加してるし」

 事のあらましを当然知ることとなったバドミントン部顧問と部長には、その日のうちに実はものすごく怒られた。

 後先考えず何をやっているんだという怒声にはもっともだと思ったが、頼むからもっと大人を頼ってほしいと顧問に男泣きされてしまったことで、ひと様との信頼度の見極めを大切にしなければと考えさせられた。

「スポ推取るくらいの実力だもん、先輩たちだって逃したくねぇよね」

「優勝期待されてるんだもんな、丈」

 そして嬉しいことに、顧問からも先輩たちからも『今抜けられたら新人戦が困る』と言ってもらえている。目立ったお咎めがなかったことへの安堵と、期待を寄せられている現状に、これまであまり大切にしてこなかった自分自身への評価がほんの少し上向いた気がする。

「甘えるんじゃなくて頼るってことがこんなに大事なことだって知らなかった」

 優しく見守ってもらえる周囲の環境を自覚して、オレは大層感謝した。



        ❖



「え、辞めた?」

 菅平本人は、校長共々責任をとるということで自主退学をしたらしい。

「夏休みまで謹慎って話が出てたらしいんだけど、来れねぇだろ、さすがにさ」

「まぁ、居づらいわな」

「……そうスか」

 そう話してくれたのはもちろん、あの計画を持ちかけてきた同じバドミントン部の先輩たち三人。部活終わりすぐの片付け時に、一年だらけの中へわざわざお三方が話しにきてくれた。

 ちなみに、お三方もオレと並んで顧問と部長から大目玉を食らった。受験に響くことをするなと特に叱られていた印象だ。

「目の上のたんこぶが消えてホッとしたような、なんとなく後味悪ィような」

「三年の教室周りもなんだかなーっていう空気だよ」

「瀬尾が気に病む必要はねーからな、そこ勘違いすんなよ?」

「まぁ、そうなんですけど」

 本当に退学しなければならなかったのだろうか。

 退学以外の責任のとり方はなかったのだろうか。

 他のやり方で止められたのではないだろうか。

 もっといい方法は考えつかなかったろうか。

 そんなふうに、ひとたび黙りこくるとつい考えすぎてしまう。

 しかしと思い至り首を振る。思いつかなかったからあの作戦で突撃したわけだし、そうでもしなければ高城先輩はもっと酷い沼に堕ちていたかもしれない。

「かもしれないばっか考えててもしゃーねぇよ」

 肩に置いた先輩の手でガクンと身を揺らされて、思考の世界から帰ってくる。

「忘れるんじゃなくて戒めくらいにして、瀬尾はとにかく目の前のこととか自分のことに集中しろ。な?」

「そーそー。警察沙汰になっても変じゃねぇ『事件』だったのに、高城がそうしなかったんだ。その代わりの責任くらいとらせてやれよ」

 そう。事が外部に漏れなかったのは高城先輩の意向だった。

 話し合いの最後まで、高城先輩は菅平の更生を切に願っていた。菅平の表情は始終一ミリも変わらなかったが、いつもの小憎たらしいキツネ顔とは打って変わって、やけにシュンとした真顔で俯きがちだった。あれは相当自暴自棄になっていたに違いない。いい薬になっていればいいのだが。

「今までずっと横柄に何でもかんでもやってたアイツをお前は止めたんだ。反省するいいきっかけを菅平にやれたんだから、いつまでも考え過ぎてると逆に恨まれるぞ」

「うっ。わ、わかりましたって」

 もうあんな経験はこりごりだ。冗談半分で脅しかけてくる先輩たちを、オレは苦笑いでいなした。


 そして、オレと高城先輩はというと――。


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