【1-15】 秋風

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660761303801

【席次】ブレギア国 国政の間

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668319578286

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 帝国暦384年9月11日――ブレギア国政の間では、国防策の方針が決まろうとしていた。


 なおも反論を試みるナトフランタルの口先に、宰相・ラヴァーダの白磁のようなてのひらがそっと広げられる。

「将軍、もうよい。私がトゥメン城塞に向かおう」


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330667919950277



 ラヴァーダは、若君・レオンに向けて銀色の頭を垂れる――帝国との決戦を前に、貴重なる御直卒じきそつの戦力を割いていただけるとの由、その御慈悲、ただただいたみいります――と。


「――ッ」

 レオンは、ハッとした。それまで意図的に宰相から視線を逸らしていたが、黄金色の前髪の合間から、白皙はくせき面差おもざしをとらえてしまったからだ。


 そこには、形の良い銀色の眉が下がり――困惑と憂いを混ぜ合わせたような表情があった。



 我が君に叱られてしまいます――。



 それは、レオンが幼い頃からずっと苦手とする表情であった。


 世話係であり学問の師でもあるラヴァーダに、己の無理難題を聞き入れてもらった折に必ずもたらされる代償――それを前にしてしまうと、どうにも居たたまれない気分に襲われるからだ。




 翌週9月15日、領内に侵攻しようとするシイナ軍をはばむべく、ブレギア国では、東方・トゥメン城塞援兵についての命令書が発せられた。


 ちなみに、この命令書は「ジャルグチ・ウテカ=ホーンスキン」の名で裁可され、ラヴァーダに通達されている。この耳慣れない旧官途かんと名は、どうやら宰相よりも上に位置するらしい。


 こうして、同年9月下旬――宰相・ラヴァーダは、ブルカン以下、手持ちのわずかな将兵と共に、悄然しょうぜんとブレギア首都・ダーナを発っていった。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 首都東門の楼閣上には、レオンとその筆頭補佐官・トゥレムが立っていた。


 ブレギアの秋は深まりが早い。ラヴァーダたちが進む東の空からは、冷たい風が吹きつけ、レオンの淡い金色の髪を揺らした。


「お風邪を召します。そろそろ、執務室へ戻られては……」


「……」


 シイナ国が本格的に軍を動かすのは、来月下旬――米の収穫を終えてからだろう。

ブレギアよりも温暖湿潤な気候たる東南の国は、麦よりも米の作付け面積の方が広い。


 ブレギアにおいても各地の麦の収穫が済み次第、ラヴァーダ家・ブルカン家各々の所領からの将兵に加えて、国主直轄領からもレオンが約束した兵馬がトゥメン城塞へ急行する手筈になっている。


 また、数日前、ボルハン将軍もアリアク城塞の手前で引き返したとの無電も届いていた。


 そうした事情から、いまレオンの薄い水色の瞳に映る兵列――東へと進むラヴァーダ隊・ブルカン隊――は少なく頼りない。しかし、彼等の掲げる軍旗が精気に欠けるのは、数のせいだけではないように思われた。


「……」

 軍旗が見えなくなるまで、金髪の若者は無言のまま、いつまでも東の地平線を見つめていた。




 東の国境をシイナ国に狙われても、ブレギア国は火事場泥棒もとい、西進の方針を改めなかった。


 10月10日、国主遺児とその補佐官衆、御親類衆、それに宿老衆といったこの国の主要戦力は、西方の国境――アリアク城塞に集っていた。


 宰相・ラヴァーダ以下別動隊を東部派兵すると同時に、レオンやウテカ等主力は西進する手はずを整えていたのである。



 帝国暦384年に入り、ヴァナヘイム国は帝国に併呑へいどんされた。いまだに領内では散発的な抵抗は試みられているようだが、大勢が覆ることはないだろう。


 かの国の名将・アルベルト=ミーミルが敗れてからというものの、大規模な将兵を集める求心力とそれらを指揮なす采配力ある人物は、現れる気配もない。


 しかし、帝国軍が乗り込んでからの日は浅く、新たな統治者に対するアレルギーは、ヴァ国のそこかしこに渦巻いている。


 特に、旧都・ノーアトゥーンから北東方面へ離れれば離れるほど、帝国への恭順を良しとしない都市が散見された。


 これらの地域は、帝国軍の進路から遠く、その強さを直に体感していない者たちが多い。ヴァナヘイム戦役末期、兵役にとられた多くの働き手こそかえってこなかったが、帝国軍の弾雨を目の当たりにしたわけではないのだ。


 むしろ、その遺族たちは帝国への憎悪を募らせ、王都を脱出してきた旧国の為政者たちを率先的にかくまっている。帝国軍に併呑されながら、その支配を良しとせず、といったところだろう。


 ブレギア軍出兵の目的は、そうした隣国国境付近の城塞都市群を、この機に少しでも多く切り取ってしまおうというものであった。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


城門の上でいつまでも見送るレオン――その気持ちをんでくださった方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「空咳と暗湿」お楽しみに。


言葉とは裏腹に、ウテカは中年司令官には目もくれず、懐中時計を開く。

「もう、こんな時間か。すまぬが、これから身内で軍議でな」


「かしこまりました。御逗留中いたらぬ点がございましたら、いつでも、お、お申し出く、くだ……」

言葉の途中からはじまったドネガルの咳は次第に強まり、ウテカは最後まで聞き取れなかった。

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