第5話 コウノトリに運ばれて

季節は春。西野あかねだった時のデッドラインを超えた春の陽気と桜はなんとも気の抜けた空気を演出させた。

ちなみに去年の2人目のサンタクロースは頼んだお菓子の詰め合わせと自転車を置いて行った。

何とも教育熱心なサンタクロースだ。

しかし、人間のバランス感覚とはほとんど記憶に依存する。

人間と全く同じ形をしたロボットが頑張ってもなかなか自立できないのもそこにある。

脳みそが傾きを感じて無意識に重心移動をさせることで人間は立っているのだ。

御託はよしとして私の移動手段は徒歩から自転車に進化した。


コウノトリを守る会の佐世保営業所は佐世保を名乗っておきながらわざわざ佐世保市のはずれの愛宕町にオフィスを置いているらしい。

私の今の家が新田町にあるので、友達と遊んでくるといえば一人でも行ける距離だ。

「あすなちゃんのおうちあそびにいっていい?」

「どこにあるの?」

「あたごってとこ!」

「・・・あすなちゃんか大人と一緒に行くことはできる?」

「・・・でんわしてきいてくるー!」

「最近の子ってすごいわねぇ・・・もう電話番号交換しちゃってるのね・・・」


あすなに繋ぐときはワン切り。まあなんとも昭和らしいやり方だ。

お父さんが出て気まずくなるのを回避するために、黒電話時代のカップルが考案したものを、令和の今使うことになるとはまさか当時のカップルも思わなかっただろう。


「もしもし?」

「いまからおうちきてほしーの。いい?」

「ああ、なるほどね。いいわよ」

何かと察しがいいやつだ。

女の勘というのは私にも使えるのだろうか?

「ありがと!」

「ついでに隊長とも合わせてあげる。コウノトリの会社長だけどね」

「うい!」

「ピーナッツでも食べて待っておきなさい・・・」

○ーニャ!ピーナッツが好き!


「むかえにきてくれるって〜!」

「そう。安心だわ」

心配して当然だろう。昼間とはいえ田舎っちゃあ田舎だ。下手に人通りの少ない道を通らないか心配なのだろう。

私は子供部屋に戻り、可愛らしい通園バッグに例の物騒な袋を詰め込んだ。

フラッシュライトはポケットに。ナイフはバッグの中に。ポテチは手提げ袋に・・・

フラッシュライトは目眩しとして合法的な護身武器として利用できる。ポケットに入れておいて損はないだろう。

何かと不測の事態に備えるのが楽しいのは長引いた思春期のせいだろう。

だからあの古い部屋も汚れていったのかもしれない。


ピーンポーン

「はーい」

「こんにちは。あすなの父親です〜」

「あら、初めまして。」

「うちのあすながようお世話になっとります。これ、おもんないもんやけど・・・」

「あら、わざわざありがとうございます。」

「いえいえ」

「失礼ですが、どこかで軍とかに所属してたりしたんですか?」

「おや、バレてまいましたか。少し信太山の方にいましてな、訓練キツうてやめてもうたんやけど、今では少しだけ後悔してますわ」

「ウチの夫も相浦の方の基地にいまして、そういう話を聞く機会があるんですよ」

「・・・」

「あら?何か気がさわりましたか・・?」

「いえ、佐世保の方に異動になった先輩がいたことを思い出しましてね。」

「おとーさん、はやくー」

「すんまへんね、急かしてもうて。ほな、失礼しまっか」

「ほのかー!」

出撃準備よし。ホノカ、いきまーす


「社長、大阪弁崩れてましたよ」

「すまん・・・」

「あと、この子が新しく入らせたい子です。知識多分あり、子供厨二病っぽいですが窮地に立たされると逆に冷静になれる強さを持っています」

「どの程度の知識があるんだい?」

「本人に聞いてくださいよ」

「そうだな・・・問題、が装備しているボディーアーマーの防弾性能は?」

なんて単純な問題なのだろう。

しかしボディーアーマーにも強さがある。

この社長は銃や軍隊に対する認識の甘さを測っているのだろう。

「不号計画の特殊部隊が国家クラスで動くものであれば、それなりにいいものをつけているでしょう。クラス3までは無視するとして、クラス4なら7.62のライフル弾を6発、クラス5なら狙撃銃1発程度。でもそのレベルでも拳銃弾があたれば銃弾の膨大なエネルギーがもたらす着弾時の衝撃で大抵骨は折れます」

「正解!」

「呪文にしか聞こえないわ・・・・」

当たり前である。

私も詳しくない頃は全く意味が理解できなかった。


「前前世はどこかの特殊部隊所属だったり?」

「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず、です」

「普通にオタクの知識舐めんなって言いなさいよ」

「あっはっは!こりゃ役に立ちそうだ。うちは優良企業だから、一つの任務に3万の報酬が出る。任務がない時は収入ゼロだがな」

見つかれば即終了の組織だ。大きく動けないのも無理はない。

任務が少ないのも当たり前だ。

「収入面で言えばブラックですが・・・」

「そうね・・・仕方ないんだけどね」

「ちなみにコウノトリの会に入社して正規雇用として働くのは無しだ。怪しまれる可能性は限りなく低くしたい」


コウノトリの会のオフィスはTHE・オフィスという感じの建物だった。

灰色の無機質な壁面と、無駄に綺麗に磨かれた入り口の自動ドア。「コウノトリオフィス」と書いてあり、5階にだけ歯医者が入っている。恐らく資金不足か何かで一室を売ったのだろう

そもそも構造が貸しオフィスっぽいのも引っかかるが。

エントランス一番奥のエレベータの緊急呼び出しボタンに何か言うと、突然無いはずの地下へ向かい始めた。

国にももちろんこの地下室の存在は秘密で、ほぼ建設基準法アウトとのこと。

一気にここにいたくないという気分にさせられたが、建築基準法の点検面でアウトというだけで地盤などは理論上クリアしていると聞いて少しだけ安心した。


エレベーターのドアがゆっくり開くと、鉄筋コンクリート剥き出しの無機質な地下施設が広がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る