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文化祭一日目はお化け屋敷と生徒会長救助をもって終わりを迎え、明日はしっかりと出店やらステージやらを楽しもうと息巻いて、まだほんのり赤みが残った暗い登下校の道を歩いていた矢先の事である。
道の横に設置してある自販機の光に吸い寄せられるように立ち寄って、何を買うか悩んでいたその背後。
また、あの視線を感じる。
まぁ、まだ「生徒会長を助けた」という事が周知されている訳ではないので、こうなってもおかしくないわけだが、でもだ。
よくよく考えてみると、ここは一本道である。
今振り向いてしまえば、絶対に目撃出来ると同義なのではないか?
すなわち、ここで犯人を目撃してこそ、この事件においての完全な勝利と言えるのではないだろうか。
そして、はっと息を飲む刹那の間。
首を十五度ぐらい傾けたその時である。
後方で、カリャン! と中身が入ったアルミ缶が落ちる音が聞こえた。
「――っわああ! え?」
そして、次の瞬間、後ろから何者かに目を塞がれたのである。
そこで、たまらず背筋が凍え、心臓が飛び跳ね、全身の筋肉が固まった。
「大丈夫……じっとしてて……そのまま……落ち着いて」
後ろから囁くように発せられた声に耳を傾ける。
自分の目を塞ぐ掌は、生き物とは思えないぐらい恐ろしく冷たかった。
そして、もう一つ恐ろしいことに気づいてしまった。
それが何かというと、この目を塞いでいる肌の感覚と匂い、それから、決定的なものとして後ろから聞こえてくる囁き声、その全てに覚えがあったのだ。
昨日、全く同じことがあった。
そう。自分が美術室でたそがれている時、後ろから忍び寄ってきた華厳原に目を塞がれたという記憶が、未だ鮮明に残っている。
ということは?
え、犯人が華厳原って事にはならな……いやなるのか?
ますます状況が分からなくて混乱している自分に対して、冷静に話しかけてくる華厳原の声に耳を澄ます。
「神木くん、今から言うことを絶対に信じてほしいとは言わないけれど、それでも一考はして欲しいんだけど……どうかな」
「え、うん。分かったけどこの手は……?」
「あ、このままじゃないといけない理由も含んだ話なんだよね」
「そうなのか。じゃあ仕方がない、いいよ」
「ありがとう」
華厳原はそう言った後に一呼吸おいて落ち着いた。
「ふー……変に抵抗されるんじゃないかって心配だったよ」
「いや、お前の声が聴こえなかったら確実に抵抗してたよ」
「それはそうだね! というか、逆にそうしてもらわないと心配になるから、今度似たようなことがあったら真っ先に振り払ってほしいけどね」
「そうするよ。……それで?」
「あぁ、ごめんごめん。それじゃあね。えーっと何から話せばいいのかな……」
華厳原は目隠しをしながら考える。
「とりあえず簡単に言うと……」
「言うと?」
「神木くんの後を憑いてきてる幽霊が一人いるね」
「……はぁ」
それを言われたところで、特にぴんと来なかった。
「いや、ほんとだよ?」
「うーん……あまりにも突拍子な話すぎていまいち信じられないな」
「それじゃあ聞くけど、最近身の回りで違和感を感じることはなかった?」
「えっと……」
心当たりがありすぎて返す言葉を失った。
「その反応から察するにあったんだね。ぼくから言えるのは、それこそが幽霊の起こしている違和感だということだよ」
「今更だけど、つまり華厳原って霊感あったってことだよな」
「うん。特に自分から言うシチュエーションが無かっただけで、隠しているつもりはなかったけどね」
「え、でも待てよ……今回のこの視線が幽霊だったってことは……」
「――いや、神木くんには霊感はないはず」
「じゃあ、どういうことだ?」
「多分だけど、ぼくの霊感と干渉しちゃったんだと思う」
「干渉、そんなこともあるのか」
「うん。稀だけどね。それでどう? ここまで聞いてみて信用してもらえそう?」
「流石にここまで話を聞いちゃうと、なんとも納得しちゃいそうってとこまで来てるなって感じ」
「それは良かった」
果たして、それは良いことなのか?
「それで今のこの状況になるんだけど、これからその対処方法を教えるからちゃんと覚えてね」
「分かった。ちゃんと聞くよ」
「まず、今幽霊はぼくの真後ろにいる」
「え?」
「別に今すぐ危害を加えてこないから安心して!」
「いや、安心できるか! 怖すぎる! 衝撃の初見情報に今、度肝を抜かしてるわ」
「多分、今ぼくが手を離したら、グルって正面に回って襲ってくる」
「え、噓でしょ?」
「マジだよ」
「えぇ……」
とにかく、さっき後ろを振り向いていたとしたらとんでもないことになっていた、ということだけは理解した。これは完全に、後でお礼をした方がいい。
「それで、こんな危機一髪な状況で入れる保険があるっていうんですか?」
「はい、ありますよ」
「それは一体?」
「それは……えぇーっと」
「もったいぶらずに教えてくれ。そして、早くこの状況を変えてくれ」
「先に言う。ごめんね」
「なに――」
――ちゅ。
柔らかい感触が唇に触れた。
心なしか、辺りに充満していた寒い空気が引いていく気がする。
その後、華厳原の顔を見ていないが、多分、しばらく顔を見れない気がした。
果たして、華厳原の言っていることは正しいのか、幽霊なんて本当にいるのか、そして、最近出会った誰かが本当に人間なのか。
その結果として、「自分が生きているのか」すらも疑いたくなるなんて、そんな思考に陥っている自分自身を目の当たりにすると、霊障や幽霊の存在を少し信じたくなるのも無理はないのかもしれないと思ったのだった。
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