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傍から見れば、角に集まってぼそぼそと何かを話し合っているという、作戦会議とは大きな声では言えないぐらいの井戸端会議を終えて、その後は、怪しまれるのを極力避けるためにそそくさと解散した。
実はまだ長谷部が言っていた内容を咀嚼しきれていないのだが、そんな状態でも作戦を全うする自分は、将来立派な社畜まっしぐらなんじゃないのだろうか。
なんて考えながら、計画通りまっしぐらに生徒会室の前へと来た。
作戦に不明瞭なところがあるとして、その理由は多分だけど……考えるのがめんどくさかったのだろう。元来、あいつはそういう性格だ。
――さて。
いざ、目の前にすると緊張するのが人間なのだが、今回は不思議と緊張していなかった。
何とも不思議である。
もし一人でここに居たのなら緊張したんだろう。
そう、一人だったら。
しかし、その予定は儚くも散って消え、残念なことに隣には何故か付いてきた長谷川がいる……というのが、
「ここに一人でいる」――か、もしくはプラスして、「長谷川も何故か一緒にいる」までが予定の範囲内だった。
しかし、今回はそれすらも逸脱してしまっているのが現状である。
「なぁ華厳原?」
「なに神木くん」
「さっき別れた後どうしてた?」
「あぁ、神木くんが美術室に行くって聞いたから、邪魔しないように見てようかなって」
「……それで?」
「それで、あれ来ないなぁって思って探して歩いてたら、
「……そうか」
本当にたまたまなのか。
本当にたまたまがあるのか。
なんて、ふと思いついてしまった気持ち悪い間違い探しみたいな二つの文章を、絶対に口から零れない様にしっかりと封印する。
全く……自分の思考にうんざりするなぁとニヤつきを抑えながら思う。
「ところで華厳原」
「どうしたの」
「今から生徒会室に入ろうと思ってるんだけど」
「うん」
「さっきから全然物音がしない気がするんだが……気のせいかな」
「確かにね。文化祭でバタバタ忙しくしていてもおかしくない気がするけど……実は案外、そんなに忙しいものでもないのかもしれないね」
「あ、そう言えば佐藤って生徒会に入ってなかったか?」
「うん、入ってるよ。まぁ、ぼくたちの前ではあんまり生徒会の事について話したりしないから、忘れがちではあるよね」
「そうなんだよな」
別に話してほしいという訳ではないけど、外部の人間からすると一体この中で何が行われているのかは結構気になるものではある。
「まぁ、入るか」
「あー、じゃあぼくは用事が終わるまで教室の外で待ってるね!」
「ぇ、あぁ了解」
てっきり、勝手に一緒に居てくれると思ってしまっていたから、ここで急に一人にされる事にちょっとだけ動揺してしまった。
コンコン。
「失礼しまーす」
恐る恐るドアを開けて中に入る。
教室の外はいつもよりも人通りが多く、喧騒で溢れているのが分かるのだが、それがはっきりと際立って聞こえてくるぐらいにはこの生徒会室は静かだった。
「……すいませーん」
声を掛けても当然返事はない。というか、この部屋は一目で辺りが全て見渡せるぐらいには狭かった。
だから、人がいたらすぐに気が付くはずなので、今返事が聞こえてきたら逆に怖いぐらいである。
兎にも角にも、不在だったということ。
「……ぅぅ」
「……ん」
気のせいだから、今すぐ教室を出た方がいい。
もしくは、怖がらせようとまた華厳原がいたずらをしているだけ。
だから別に何にも聞こえていない。
「……けて」
身体を180度回転させて、今入ってきた生徒会室の扉に身体を向けて、教室から出ようとしたはずの足が止まった。
二択である。
「けて」と聞こえた場合、「助けて」と言っているか「逃げて」と言っているかのどっちか。
そして、最初に思いついたのがどっちかというと、もちろん……。
ふっ――と短く息を吐き、気合を入れて再び踵を返して向き直る。
そして、教室の奥の方まで歩いて行く。
その間、集中していたため息は止めていた。
そして、
「あ! だ、大丈夫ですか!」
この時見つけたのは、教室の奥の壁に上半身を寄りかからせて、もたれ座っている男子生徒だった。
意識は……ある。
「……ょっ、ひんけっ……で、」
「とにかく保健室まで運びます! 華厳原!」
呼ぶと、外で待機していた華厳原が教室に入ってくる。
「んー? どうしたのー?」
「ちょっとこの人を保健室まで連れていくから肩を貸してくれ」
「――! うん、分かった」
すぐに状況を判断してくれた華厳原と一緒に協力して、ひとまず倒れていた男子生徒を保健室へと運び出した。
そして、この時に運んでいた生徒がこの学校の生徒会長だと知ったのは、華厳原が保健室を後にした帰り道に「生徒会長大丈夫かな?」という言葉からだった。
かくして。
意図しない形ではあったが、生徒会長に対しての接触が成功した。
これでしばらくは『生徒会長を助けた二人組の一人』という肩書がつくだろう。
そして、結果的にそんな奴が『裏生徒会(仮)』なんて怪しい活動していないだろうという固定概念を植え付けることに成功した。
それが長谷部の考えである。
……そんな都合のいい結末になるかは甚だ疑問だが、あいつの凄いところは、「結果的に」都合のいい結末へと物事を導く事が出来る「才」であるからして、あいつの腕の見せ所はむしろここからと言えるのだろう。
長谷川は……ほら、あのー……うん。あいつはドリブルがうまいからいいんだよ。
なんて冗談。
あいつの本当に凄いところは比較に苦しまないし、底なしの度胸だろう。
隣によく似た天才が居るのに、そんな事など関係なく自分を突き通す気概は見習うべきところである。
そして。
頭に『一件落着』の四文字が浮かんだ。
文化祭はまだ折り返しに差し掛かっていないところだが、この件について考えるのはもうしばらくしなくてよさそうだ。
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