3
「あのさ、一つ聞いてもいい?」
「どうした?」
「今、出口からお化けが出て行かなかった?」
「まぁ、そんなこともあるんじゃないか? 知らんけど」
「しかもあの感じ、普通にお客さんとして入ってた気がするけど……」
「別にそんな話を聞いても、怖くないからな」
「いや別にそういう気持ちで言ってないんだけど……まぁいいか」
華厳原の言っていることが本当だとしても、今の自分の心境からしたら心底どうでもいいことである。
お化け屋敷、か。
最後に入ったのは小学校の頃で、それが最初で最後の経験になってから、もう一生縁の無いものなんだと勝手に思っていたけど、その機会は案外すんなり訪れることになってしまった。
といっても、かたやお金を掛けてしっかりと作り込んであるのに対して、こっちは二日で突貫工事の果てにできたという違いがある。
プロと比較するなんて……そんなけったいなことできない。
だから、是非ともがっかりさせてほしいところである。期待はずれであればあるほどこっちにしてみれば、良いに越したことはないのだから。
「じゃあ早速行こう! ここが受付かな?」
「はい! お二人ですね。今は……入れそうですね、はい。では、行ってらしゃいませー!」
受付の人が入り口のドアを開けると、そこに見えるのはなんと……。
「いや、何も見えないね」
「暗すぎる。どんだけ遮光したらこんなに暗くできるか分からないぐらい暗い」
がらがら……ことん。
扉を受付の人が閉じた。
さっき廊下から見ても暗くてよく分からなかった上に、廊下から入ってくる光すら無くなった時、そこにあるのは完全なる闇そのものであった。
「なぁ華厳原」
「……」
返事がない。
「これって流石にスマホのライト点けてもいいよな?」
「……」
「おい、華厳原?」
「……」
「え、そこにいるよね? 脅かすのとか無しだからなっ――」
思わず言葉が引っ込む。
それは何かがいきなり腕に絡みついてきたから、なのだけど……。
その腕に絡みついてきた何かは、微かに震えていた。
別に何かが起こったわけでもない。ただ扉が閉まって真っ暗になった、それだけだった。
そして、恐怖は伝播する。
本当に何もいなくても「おい……後ろ見ろって! ヤバいってまじで! 早く走れ!」と言われると暗闇の中に何かがいる気がしてないはずの恐怖が沸き起こってしまう。
でも別に暗闇が怖いとかはないし、脅かされてもビクッとなりはするだろうけど本気で怖がったりはしない。
本当に怖いのは腕である。
ふすまを破って伸びてくる腕が怖い、とかいうピンポイントな感じではなく『結局人間が怖いんだ』系のお話。
ミシ……ギシ……。
まだ一歩も踏み出していないのに聞こえてくる異音。
こっちに体を預けるようにして顔を隠している華厳原。
青ざめた顔を浮かべた自分。
「な、なぁ華厳原……」
「……なに」
「ちょっと離れてみてもいいか?」
「だめ」
「一瞬だけでいいから――」
パッと隙をついて華厳原からするりと抜けると、「あぁ! 神木くん! どこにいるの!」と震えた声で叫んだ。
「はぁ……はぁ……」
こっちもこっちで息も絶え絶えの様子で先の見えない暗闇を見据える。
あと数秒見誤っていたら、今の自分の腕は使い物にならなくなっていただろう。
まだ、ギュッと体を密着するだけだったら嬉しいが、
そんなものは恐怖以外の何物でもない。
「ちょっとそこで止まって聞いてくれ」
「あ、神木くん……そこにいるんだね」
「おい、ちょっと聞いてくれ! 頼むちょっとだけでいいんだ」
暗闇で視界が塞がれている状態だからか、どこで誰かが動いたのか分からないと思いきや、より繊細になった聴覚や触覚のせいか風の流れや衣擦れの音がよく分かる。
感覚的には、今右腕の辺りから伸びてきているのであろう華厳原の腕を掴みながら体を回転し、手を引いて導くように背後を取る。
そして、肩を組むような形となる。
「すまん華厳原。今はこれで我慢してくれ」
「……うん」
がらがら。ぱたり。
さっきお化け屋敷に入ってから十数分後。
暗闇もお化け(音と叫び声)も、慣れてしまえばあっという間というものである。
……今目の前でへなへなに横たわっている奴を除いては。
「おい、華厳原……おーい」
「……」
ありゃ、こりゃ当分ダメそうだ。
ヘロヘロになった華厳原に肩を貸して、何とか立たせて歩かせて、ようやく自販機の置いてある場所へと辿り着いた。
「華厳原何か飲むか?」
「……」
うんともすんとも言わずに俯いて丸くなっている。
ちゃりんちゃりん。ピッ、ゴトン。
「わっ、冷て」
「これでいいか?」
「……ありがとう」
こんなにげんなりしている華厳原はあんまり見る機会がないためか、思わず三角座りしていた華厳原の膝裏に、挟み込むようにカルピスウォーターを無理やり押し込んでしまった。
すると、びっくりした反射でペットボトルが思いっきり挟み込まれたのだが、それがベコッと音を立てて変形したのを見て肝を冷やしつつ、でもそれが不意に食虫植物が虫を捕食するシーンに見えて一人で笑いをこらえる。
「神木くんなにニヤニヤしてるの?」
「いや、何でもない」
たとえダウンしてても、こっちの機微を察知してくるあたり流石である。
というか、ニヤニヤする前に見ていたものが華厳原の太ももだったんだけど、何か変な誤解が生まれたりしてないよね。
華厳原の怪訝な視線。
そんな視線が他に二つ。
方角と正確な位置は分からないがどこからか視線を感じる。
「うーん……」
「神木くん?」
これは失礼な話だけど、もしかしたらこの件の犯人が華厳原なんじゃないかという線も頭に入れながら行動していた。
だけど、この感じは違う。今はっきりと分かった。
これはチャンスだが、このことを華厳原に伝えるのも、それはそれで違うというのは分かっている。何故なら、それはただ不安を与えるだけだからだ。
だからできるだけ内々で解決したい。なので、今すぐ視線の主を探りに出たい。
したいのだが……。
「……?」
華厳原が不思議そうにこっちを覗き込む。
いったい、どうやってここから自然に抜け出せというのだ。
例 事情を説明せずに「急用を思い出した!」と言って走り出す。
答 華厳原の足が速すぎてすぐに追いつかれてしまう。
これでは全然ダメだ。特に「足が遅い」という自分自身の不徳の至らなさがダメすぎる。
例 「ちょっとトイレに行ってくるわ」と言ってこっそりと抜け出す。
答 「じゃあぼくもついていく」と言って連れションゲームオーバ―となる。
どれだけ見た目が可愛らしかろうが、声が高くて柔らかろうが、性別が男であるという事実が変わることはない。初見なら絶対に一回は引っかかる罠である。過去に自分も引っかかって、自分の目を疑ったことがあるぐらいなのでよく分かる。
例 どうにかして華厳原を拘束する。
答 どうやってするんだ? お前は馬鹿なのか?
というかそもそも視線の場所が分かったとして、果たしてそこで何をすれば解決するのか。
それも含めてまずは、とりあえず捕まえるだけ捕まえて事情聴取をしたいけど、華厳原じゃあるまいて人を捕まえる知識も力も技術もない。
……なにもないならどうするか。
この事を知る人物は後二人いる。
メッセージアプリを開いて文字を打つ。
『今、自販機のある場所に友達と二人でいるから、偶然を装った感じで、いい感じに連れ出してくれ』
……よし。これで後は二人のどちらかが来るのを待てばいい。
そして、待つこと数十秒後。
二人とはあまり接点がないが、実のところこっちは一方的に知っているというか、この学校で二人を知らない人の方が少ないだろう。
その人達は廊下の奥の方から、談笑しながらこっちに向かってくる女子生徒二人。
それは一見すると双子のようにも見える二人だが、よく見ると髪の毛の長さが微妙に違うのが分かる。
ロングで黒髪の方が長谷部でミディアムヘアの方が長谷川……いや、ごめん違う。ミディアムが長谷部でロングの方が長谷川だったか。
容姿端麗、黒髪美少女の二人。
あまりにも似すぎだし双子にしか見えないのもややこしいが、苗字が長谷部と長谷川というのがよりややこしくしている。
そして極めつけは何と言っても、名前が二人共『めぐみ』だということだろう。
名字で区別しずらいから名前で覚えよう! という策が封じられた結果、果たして二人を区別する方法は、微妙な髪の長さと話して感じる性格の差だけである。
比較的におっとりしている(めんどくさがり)のが髪の短い長谷部で、比較的に元気(暴力的)なのが髪の長い長谷川である。
正直言って、気を抜いているとたまに間違える。
しかも、この二人は仲がとっても良くて一緒に居るところを度々目撃している。
なので、ほぼ勘で話しかけていると言っても過言ではない。
二分の一で外すとワンパンを喰らう可能性があっても仕方がないのだ。
と、まだ確定していない暴力に怯える自分なんて露知らず、二人は自販機の前に差し掛かるとこっちを見た。
「あ、春村」
「ん、あぁ長谷部さん。どうも」
「春村、さっき美術部の顧問の先生が探していたから、今すぐ美術室に行った方がいいかもよ?」
「え! 本当に?」
「うん。長谷川も聞いたよね?」
「あぁ、それはもう凄い形相で探してたなぁ……思い出したくもないね」
なんか勝手なストーリーを作られている……。
「そうか。それは早くいかないとだな。華厳原、そういうことらしいからちょっと行ってくる! 一旦解散で!」
「……うん分かった。行ってらっしゃい」
華厳原はその場に留まり、長谷部と長谷川はそのまま自販機を通り過ぎていき、自分は二人がこっちに向かってきた方向へと別れた。
そして、そのまま一つ上の階へと上がると、廊下の反対側から長谷部と長谷川が上がってくるのが見えた。
そして、その姿を互いに確認すると、人目の付かない廊下の隙間へと集合した。
「ふー……助かった。これで怪しまれずに犯人探しが出来そうだ」
「それは良かったね」
「良かったな!」
そんなねぎらいの言葉とともに我々はすぐ解散した……と思いきや、
「それでどうするの?」
長谷部から出た予想外の言葉。
「それで、とは?」
「いや、犯人探し」
当然のような顔で言う長谷部と、
「そーいえばそんなこと言ってたな! それで、見つかったんじゃないのか?」
なんて、こっちを高く買い過ぎている長谷川。
「あー、いや、まだなんだけど、でも見つかったとして、どうやって捕まえるかをまず考えないとなって思って、それで今考えてる途中って感じかな」
正直に「手伝ってくれ」とは言えない。それが自分。
「それ手伝おうか? 長谷部と一緒に」
長谷川が長い髪を後ろにゴムで括り、腕を組んでそう言った。
華奢な腕なだけに迫力はなかった。
「……まぁ、長谷川が言うなら、まぁ、手伝ってやってもいいけど?」
どういう風の吹き回しだろうか。
「あ、今『どういう風の吹き回しだろう』って思ってる」
「えっ! あ、いや思ってない。ただ、そのー……意外だなって思っただけ」
「そ」
素っ気ない『そ』であったが、こっちからしたら頼もしい『そ』だった。
「よし! じゃあみんなで協力して、変なストーカー野郎を協力して捕まえるぞー! おー!」
「お、おー?」
「はぁ……オー」
訳も分からずにトントン拍子で集まった裏生徒会(仮)。そして、これから我々の結成以来、初めての協力体制が急に幕を下ろしたのであった。
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