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最近、視線を感じる。
これは気のせいなのかもしれないけれど、たまに見られている感覚がして嫌な気分になる。
自意識過剰が極まったのかと自分自身を疑ったりもしたが、そもそもそんなに自分に自信があるタチじゃないのでそれはないにしろ、ちょっと不快なのは事実だ。
なので、この文化祭という機会を利用してその正体を突き止めることにした。
とはいえ、自分の場合、ほとんどの時間美術室に入り浸っているため、その手段は限られる。
しかし、ご安心を。
この学校には自分と同じ『裏生徒会(仮)』の生徒が二人いる。
いるのだが……この二人、なかなか自由に行動しているのである。
連絡を取るといつも何かに取り組んでいる最中だったりして、今までなかなか会う機会がないままここまで来てしまっている。
だけど、その技術は確かなものがある。頭もいいし頼りにはなる。
だから、今回はこの組織の命運をかけても解決したいから、二人に協力を煽ったはずなのだが、その回答は虚しくも良いものではなかった。
一人は「めんどくさいしまだ大丈夫」と言い、もう一人は「そいつを倒したらいいんですか?」と言った。
一人はめんどくさがって、一人は拳を握り始めた。
非協力的な部下と、暴力的な部下。
その結果、予想していたことだが結局、一人でやらなければいけなくなった。
その結果が、白紙のキャンバスの前で読書に励むということである。
他の人から見たら、いつも通りの何ら変わらないルーティンワークじゃないかと思うだろう。
しかし、そうではない。
というか、そう思ってもらわないと困るぐらいである。
というのもこの作戦、警戒心を少しでも出してしまった瞬間に終わる。
まさに、籠の下にある餌を取りに来た鳥が、餌に触れた途端に支えていた棒が外れて籠が覆いかぶさり、そのまま閉じ込めて捕まえてしまう罠そのもの。
これには、流石の部下二人でさえも度肝を抜かれるであろう良い案である。
……自画自賛はこれぐらいにして。
この完璧に見える作戦、実は一つだけリスクを抱えている。
それは、その餌が自分自身ということである。
その視線の主が、何を目的に自分の周りをうろついているか分からないけれど、こちらの憶測としては裏生徒会(仮)の存在を疑っている何者かだろう。
例えば、ゴシップ好きの驚くべき行動派の生徒か、はたまた熱のこもった正義感(笑)を携えたどっかの先生とか。
もしかしたら、あの裏生徒会(仮)の二人のどっちかだったり……?
なんて、疑いだしたらキリが無くなって、人間不信疑心暗鬼マンへと変身しかけたところで、なんと偶然か、よくよく聞き馴染んだ声が耳元で聞こえた。
「ぼーっと外見て、何を考えてるの?」
二秒ほどフリーズして暫く。
ゆっくりと声のする方へと顔を動かせば、そこには綺麗で整った顔があった。
その距離、およそ十センチあるかないか。
真っ白でまっさらで、凹凸を最大限にまで無くしたのかと思うぐらいに滑らかな肌は、当然に毛穴なんて見えなかった。
耳には微かに温もりが残っている。
そして、この感じには身に覚えがあった。
それはちょうど昨日の出来事であろうか。
「残念だが、もうその手には引っかからない」
「へぇー……? でもその割には振り向くのが遅かったような気がするけど?」
「振り向くのが遅いことと、驚いているということに因果関係はない」
「ほんとかなー?」
「どっちでもいいだろう」
「神木くんがそう言うなら、そういうことにしておこうかな」
まるで、こっちが言い訳をしている風に仕立て上げられたのがどうにももどかしいが、事実、本当に驚いてはいなかったので、そんなもやもやはすぐ霧のように散っていったのであった。
「で、どうしたんだ?」
「……用事がないと来ちゃダメなの?」
「いや、そんなことないけど」
「っていうか約束したのもう忘れたの?」
「約束……」
「お?」
「お……?」
「ばけ?」
「ばけ……?」
「そこまで言ったらわかるでしょ!」
「……ほんとに行くの?」
「え、神木くんもしかしてだけど……怖いの?」
「こ、こここ、怖くにゃあ……ねえわマジで。なめんなよ? んなもん両目閉じても行けるわ!」
「それ、ただ怖いから目を閉じちゃってるだけじゃない?」
そうとも言う。
さて、約束通りこのままお化け屋敷へと行くことになるのだろうが、肝心の視線や気配だが……今のところ全く感じていない。
結構、無防備な時間を多く取ったつもりだったけれど、その間さえも違和感を感じなかった。
もはや、いつもならあるであろうタイミングで無いので逆に不安になる、という謎の逆転現象が発生していた。
まぁ、このまま何事もなく、そして、これを機に今後一切そういうことが無くなってくれるのが一番いいということに変わりはない。
「よし、それじゃあこれ片づけたら行こうか」
「うん! あ、手伝うよ」
キャンバスとイーゼルを片付けた後、我々は人のいないこの静かな美術室を後にするのだった。
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