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「はい! ではこれから第一回、『閉会式で堂々とした感じで、かつちょっと小粋に、そして最後にはエモくなる挨拶を考える会議』を始めます」

 ホワイトボードをバックに、どこから持ってきたのか分からないデカ黒縁眼鏡をかけた夏希が高らかにそう宣言した。

「それでは今回、この会議に参加するメンバーをご紹介します。えー主役の佐藤千歳さん」

「はい。今日はお集まりいただきありがとうございます。本番はしっかり頑張ろうと思うので是非ご協力お願いします!」

「はい、ありがとうございます。続いてじゃあ……桜花凛さん」

「どうも~さっきぶりです! 茶道部部長の桜花凛でーす! 実は暇だったので呼ばれてきましたー。あと、副部長もいまーす!」

「よろしくお願いします」

「はい! 部長さん改め、桜花先輩と茶道部の副部長さんよろしくお願いしまーす! では、次は~じゃあはい! 明治ひよりさん!」

「はい……製菓部の明治ひよりです。あのぉ……なんで私は呼ばれたんでしょうか……?」

 ここで俺は挙手をした。

「はい、佐藤さん」

「ここは俺から説明させていただきます。えー、本来は製菓部部長を招待したのですが『いやーすぐに行きたい気持ちはあるんだけどねぇ? でもこれからお金の計算とか片付けけの準備とかで忙しいからなぁ……あ、そうだ代わりにひよりを連れていったらどうかなぁ? なんかあなた達気が合いそうだし!』とのことだそうです」

「気が合いそう!? なんだその聞き捨てならない文言は――」

「夏希さん? 司会を続けてください」

「……分かりました。今回は司会者なので続けますが、佐藤さんは文化祭が終わった後生徒会室でお話があるので来てくださいね」

「え、噓でしょ……」

 ひぇ、そんな怖い顔で睨まないで下さい。

「……おやおや? 遂に本性を現したね。こんな公衆の面前でそんな大胆な誘い文句を堂々と言っちゃうなんて」

「桜花先輩、そこうるさいですよ」

「部屋の温度は22度です」

「そこ! 別に今は室温聞いてないです! あなたはエアコンか何かですか」

 何とも賑やかな会議室である。

「こほん、紹介が遅れました、司会は生徒会副会長の塩谷夏希です。よろしくお願いします!」

 一堂「よろしくー」やら「よろしくお願いします」とあいさつを交わして、いよいよ会議の火ぶたが切って落とされた。

「では、本題に入ります。まず、この会議はうちの団体、生徒会実行委員の役割『文化祭においての開会式・閉会式での挨拶』において、生徒会長の体調不良により急遽その役割が副会長の佐藤千歳に移譲された事への事案解決会議です」

 桜花先輩が挙手をした。

「それって簡単に言えば、『閉会式の挨拶何言えばいいか分からないから手伝ってくれますか』ってこと?」

「そうですね」

 夏希はこっちに視線を向けた。俺はそれに応えるようにうなずいて立ち上がる。

「俺が不甲斐ないばかりに、こんな会議を開くことになり恥ずかしい思いですが、生徒会長のためにもそして、自分のためにも協力して頂けると嬉しいです。お願いします」

 俺が頭を下げると、みんな優しい拍手で答えてくれた。

「まぁ、あたしとしては生徒会長みたいな、あんな華麗な芸当をしようとしなくてもいいとは思ってますけどね。理想があるのはいいですが、自分自身のありのままの言葉も大切にしてほしいです。はい……ではまず話し出しから考えましょうかね」

 夏希からのとてもありがたいお言葉を貰えた。これは心に留めておこう。

「はい」

「明治ひよりさん、どうぞ」

「挨拶は始めが肝心だと思うので、ここは固い感じで『皆さん今回の文化祭はどうだったでしょうか』みたいに無難な感じでいってはどうでしょうか」

 それを聞いて思ったことは(え? もうそれでいいじゃん)だった。早速目の前のメモに書き込む。

「ふんふん……他に意見はありますか?」

「はい」

 桜花先輩が手を挙げた。

「桜花先輩どうぞ」

「私的に、最初はインパクトがあった方がウケがいいと思うから、壇上に立ってから暫く黙って止まって、『えー、皆さんの文化祭が終わるまで二日間掛かりました』ってのはどう?」

 それを聞いて俺は思った。正直めっちゃいいっていうか、言ったらウケる確率本当に高そうなの凄いな。全然ありだというのが俺の意見だ、ということで、これもメモに書き込むことにしよう。

「えーっとこの他には……今は無さそうですね。では思いつき次第って感じで、その後の内容次第で追加したりもありかと思います。はい、では次……」

 とこんな感じで、終始、俺の想像を超える意見が交わされていく様は、目から鱗が落ちつづける結果となった。

 特に締めの挨拶に関しては、バンバンいい意見が飛び交ったためメモを書き留める筆が留まることを知らず――やがて、俺は考えることをやめた。

 それは冗談だとしても、今日一日、色んなスタンプラリーの箇所を回っている間にこれでもかと頭をひねらせて考えていたのに、今目の前のメモを見ても俺が考えた意見が一個も無いという始末なのだから、見ていられない。

 そんな自分自身の至らなさとは裏腹に、俺の手元にはいろんなアイデアで溢れたネタ帳的なメモ紙を手に入れたのである。

 後はここから、いい感じに組み合わせられるようにピックアップして言えばいいという算段である。

「……はい。ではここらへんでそろそろ終わり時ですかね」

「そうですね。では、俺から締めの挨拶をさせていただきます。本日は忙しい中お越しいただいてありがとうございます! この御恩は忘れませんので、困ったことがあったら是非気軽にお声がけしてください! では今回の会議はここでお開きにしましょう! ありがとうございました!」

 お開きという雰囲気が辺りの空気を緩ませた。そんな中、桜花先輩と副部長の茶道部コンビはというと、

「いやー、良い暇つぶしになったねぇ?」

「部長ずっと大喜利みたいなことしていませんでしたか?」

「いや? 私はいたってまじめだったよ? というか、副部長だってちょっと的外れな案ばっかじゃなかった?」

「そうですかね?」

 この二人はつくづく本当に仲が良いなと思った。出会ったときも思ったけど、まるで秘書と社長みたいな信頼している同士の会話が聞いていてとっても心地良い。語彙力を失って良いしか言えなくなるぐらいには良い。

 桜花先輩は「じゃっ! またね~」と手を振って夏希がそれに返してまた手を振り、副部長は桜花先輩が教室から出ていくのを待って、深い会釈をしてから桜花先輩の後に続いて教室を出た。

 教室に残されたのは、俺と夏希と明治ひよりの三人になった。

「それでは私も自分の部室に帰ろうかな」

「あの!」

「は、はい!?」

 ひより……ちゃんは急に呼び止められて肩を大きく強張らせた。

「お菓子ありがとうございました! めっちゃ美味しかったです!」

「えぇっと……いえいえ! というかこちらこそありがとうございます! こんな機会めったにないと思うので貴重な体験ができました」

 これで確定したことが一つある。それは、ひよりちゃんが礼儀正しく品行方正で愛嬌があるということである。

「ひよりちゃんありがとう! 困ったことがあったらまた呼んでもいいかな?」

「ちゃん……へへっ、いいですよー」

「ちゃん……?(ギロリ)」

「で、では失礼します」

 がらがら! ばたばたばた……。

 立つ鳥跡を濁さず、という諺があるが今はそれの全く逆の状況が起きていた。起きてしまっていた。


?」


「ひぃ! あ、いや……はい! なんでしょうか」

 急なさん付け&全く目に光が灯っていない満面の笑みがそこにはあった。

「越後まり先輩の時はあたしの勘違いだったけど……今回はどういうことなのかな?」

「いやーえーっと……」

 今一度夏希の目を見てみると、「お前、返答次第では分かってるんだろうな?」と書いてあった。これはテレパシーとかじゃなくて俺にはそう見えた。ほら、見えるでしょ?

「んん? どうしたの?」

 そこから俺は、たゆまぬ努力と誠意、そして、ひよりちゃんには恩があるということを精一杯の力と時間を使って説得したのであった。まぁ……完全に説得できたかどうかは夏希のみぞ知ることかもしれませんがね。

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