12
『茶道部』の看板がドアに貼られている教室の前。
「ここが最後の箇所だな」
「……」
段々と真相に近づいている感覚がする。
それがどれほど拍子抜けな結果になろうと、俺はきっと後悔しないだろう。達成感というのは結果じゃなく仮定が大事なのだから。
がらがらがら……。
「お邪魔します」「どうも!」
「どうもー……ってあ! 塩谷ちゃん、昨日ぶり!」
シンプルで素敵な着物を着た茶道部と思しき女子生徒は、俺ではなく夏希の方を見てそう言った。
「部長さん! 昨日はありがとうございました! 今日も着てみたいなって思うぐらい、あたし着物好きになっちゃいましたよー」
「本当に! そう言ってくれたら嬉しいなぁ」
一期一会の出会いとはまさにこのことを言うのだろう。そんな和気藹々な会話にも今終止符を打たなければならないのがこの日の運命である。
「あのですね、一つ聞きたいことがあるんですけど」
ようやくここまで来たのだ、早速本題から聞き出すのが筋ってものである。
「はい、なんでしょうか」
「昨日と今日スタンプラリーご協力ありがとうございました……そのことでですね? 聞きたいことがあるんですけど、ここでスタンプを押したら、後は生徒会室まで誘導してもらう手立てだったじゃないですか」
「はい、そうらしいみたいですね」
そうらしい? 少し引っかかる言い方だがここはあまり気にしないでおこう。
「あの、ここの後に八個目のスタンプが押されてたんですけど、何か知ってることないですか?」
「ほお? ということは、つまりスタンプが何故か増えてたと?」
「そういう事です。何か知ってますかね」
「いやー? 塩谷ちゃんはどう?」
「へ!?」と素っ頓狂な声で返事をする夏希。
「い、いやーあたしは普通に仕事してただけですけどねぇ……部長さんも見てましたよね!?」
「うん! ペタペタ押してるなーって見てたよー」
なんかユルいなぁ。なんか、夏希とこの人が仲良くなっている理由が分かった気がした。
「そうか……」
「手詰まり」という言葉が頭に浮かんだ。
「はいはい! せっかくだからお茶立て体験しようか!」
「わーい! やるやる!」
そんな俺の気持ちなど露知らず、勝手に始まってしまったお茶立て体験に、なにかを四の五の言う前にもう既に巻き込まれていた。
部長さんが手順とその意味を優しく教えてくれて、俺達は無事にお茶をたてることができた。みんなが想像する抹茶はどうやら濃茶というやつらしく、そっちは結構苦いというか濃すぎるという理由で今日は薄茶をみんなに飲んでもらっていると言っていた。
結果として。
和菓子と一緒に飲む薄茶は最高である。という結論が出た。
というか、この環境でこの体験をすることが凄く良い。畳の匂いとか障子越しに透けて感じる外の世界の音などと相まって、ここでしかできない唯一無二の魅力があることを知れたのが本当に良いと言いたい。
生徒会長がいたら、腕引っ張ってここに連れてきた方がいいと思っちゃうぐらい良いと思ったが、生徒会長のことだから、学校外のどこか別の場所で嗜んでいてもおかしくなさそうとか思った。これも立派な偏見である。
「……というか凄いよね? だって、なんか知らないけどこんなに落ち着いちゃうんだもんな」
「分かる! そうなんだよね……あたしも昨日、ここの良さを知っちゃってねー! 本当に早く知りたかったよねー」
「そう言ってくれて嬉しい! 君たちだったらいつでも来てくれていいよ? なんなら茶道部入る?」
それもいいかもな。
そう思ったけど口には出さなかった。
それを口に出してしまうことで、この後に控える閉会式の挨拶に向かえなくなるような気がしたからである。ただでさえ決まり切っていない心に、わざとでもこんな発言を加えると折れてしまいそうな気がした。
「入ろうかなぁ~~。部長さん優しいし楽しいし面白いしー」
こいつは別にいい。俺がこいつに向かって何かを決め付けるなんて、そんな資格はない。そして、誰にもない。
「いいね~いいねぇ……塩谷ちゃんだったら歓迎だよー」
ここでチラッとこっちを見る夏希。なんだろうか。
「でもーやっぱりあたしは生徒会が好きなんですよねー……まぁ、まだ入って数か月なんですけどっ」
「へぇ~……へぇへぇへぇ~(ニヤニヤ)」
「な、なんですか」
「いや? なんでもないよっ、なんか熱いなぁって……副部長、今温度何度?」
「21度です」
いつからそこにいたのか、副部長と呼ばれる真面目そうな女子生徒が有り得ない反応速度で返答した。
「暑くないなぁ~……けど、熱いんだよねぇ。おっと失敬失敬、こっちの話だから気にしないでね……?」
「……?」
俺も夏希もよくわからない表情で固まっている。
「――副会長君」
「あ、はい」
部長さんに突然呼ばれた。
「この件に関して、私は何か知っているわけじゃないけど、でも多分だけど別にそんな気にしなくてもいいことかもしれない、とだけ言っておこうかな」
「え、何ですかその言い方……やっぱり何か知ってるんじゃ――」
「そういう意味じゃなくて、この事件に対して君は、本当に真相を知りたいと思っているのかということを聞いているのだよ」
「……というと?」
「だって、その正体が分かったとして、何かをすることもないんじゃないかって。結果として注意とか報告とかするのかもだけどさ」
「それは……生徒会長が決めることかなって思ってます。今俺たちがやっていることは、生徒会長の仕事の補佐でしかないですからね」
「もしくは先生ね。でも、これって実はそんなに一喜一憂するほどの事柄ではないんじゃ?」
「でもっ!!! ……すみません。でも、ですよ? ここまで二人でやってきて、あと一歩で分かりそうって所で諦めるのはなんか悔しくないですか? 俺は悔しいです」
「ふーん」
何故かニヤニヤしながら夏希を一瞥する茶道部部長。
「……」
「もう、いいんじゃない?」
「そう、ですね。……部長さんありがとうございました! 佐藤、生徒会室戻ろう」
「え、お。え?」
突然そう言われて、一体どういう心変わりがあったのかがいまいち測れぬまま、俺は夏希の後に続いて茶道部の部室を後にする。
「副会長君バイバイ~っ」
「失礼しました!」
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