11
「な、夏希……」
「……」
さっきの出来事からずっとこの調子で、何を話しかけても無視をされている。なぜかと聞いても「知らない!」の一点張りで理由すら話してくれないので、どうしようもなくたしなめることすらできていない。
「着いたよ……あ」
返事を聞くまでもなく颯爽と家庭科室に入っていく夏希。
「どうされたんですか?」
「あ、どうも」
俺達は昨日ぶりの再開を再び迎えた。彼女の名前を知ったのは今朝のことである。
明治ひより。越後まり先輩と同じ製菓部の一年生である。
そして、俺は、この場に夏希がいなくてよかったとなぜか思った。直感ってやつだ。
「昨日はありがとうございました。突然の頼みだったのに代わっていて、しかも今日もお願いしちゃって……」
「いや、全然大丈夫ですよ! ……生徒会長さんの体調も心配ですね」
「そうですね……心配してくださってありがとうございます」
「いやいや当たり前ですよ。誰だって心配になります」
「心優しいですね」
「ありがとうございます……ところでさっき一緒に居たのって」
「あぁ、同じく副会長の塩谷です。塩谷夏希」
「ですよね? なんか喧嘩の後? みたいな雰囲気だったんでちょっと気になったんですけど」
「あぁそれは……」
なんて説明すればいいのか迷っていると、
「うちの部長のせい……ですかね?」
「え! なんでわか――いや、何でもないです」
「隠さなくてもいいですよ、うちの部長見た目通りの性格というか、おおらかで優しいんですけどね。ただ誤解されやすい
「……たしかにあのオーラというか、纏っている妖艶な感じのせいなんでしょうかね」
「セクシーダイナマイトって感じですよねぇ」
「セクシーダイナマイト?」
「あ、なんか言い方古かったかも」
「はは、なんか面白い言い回ししますね」
「――そ、そうかな? へへ」
意図していなかった指摘だったのか、意外そうな顔をした後すぐに視線をそらして頭の後ろを掻いた。
「……そろそろ行かないとまた怒られるんじゃないですか?」
「確かにそれもそうですね。ではまた」
「はい」
俺はひよりに別れを告げて、急ぎ足で家庭科室へと入る。
「おーぃ――うおぉ!」
「遅い。何してた」
扉を開けた途端、目の前には腕を腰に当てて怪訝な顔した夏希が現れた。
「いや……神木がいたからちょっと話してて、すまん遅れた」
「そう……」
それを聞くと夏希は、再びくるっと振り向いて歩き出した。咄嗟に嘘をついてしまった俺には、罪悪感から夏希の後に黙って付いていくことしかできなかった。
夏希は廊下側の席に腰を掛けたので、俺もそれに倣って夏希の目の前の席に座ることにした。
席に着くと目の間には、紙コップに入っている緑茶と、昨日見たものとは違う見た目のお菓子が置いてあった。
「もしかして俺の分まで? ありがとう」
「勘違いしないで。あたしが食べる分を取りに行ったら、ちょっと多かったからそこに置いただけ」
「それでも、このお茶は違うだろ? やっぱりありがとうじゃん。ありがとう」
「それは……まぁ……うん、そう」
ツンデ……レ? と思ってしまうような態度に失礼ながら、可愛いと思わざるを得なかった。
「なぁ夏希、何をどう勘違いしているか分からないんだけどさ……」
「勘違いって何。してないんだけど」
「その、まり先輩さ……知ってるか分からないんだけどその……」
「……え、なに」
「生徒会長の彼女さんなんだよね」
「へー……そっ――」
「平素?」
ふざけた一言を言ってみたが無視された。
「「「「「え!」」」」」
その後、思考が整理されたのか
何事かと周りが静かになり一斉にこっちを見てくる。
「あ、すみません……」
…………がや、がやがや。
教室の中の喧騒が再び息を吹き返すと同時に、夏希は恥ずかしさで息を引き取りそうになっていた。
「まぁ……そりゃあびっくりするよな」
「……」
机に突っ伏して自分の腕の中に顔をうずめる夏希。
今は事の衝撃よりも恥ずかしさが勝っているらしい。
それからしばらくして。
「本当に?」
夏希はいまだ引ききらない顔の赤さを保ちながら、腕に顎を乗せて上目遣い(位置的にそうならざるを得ない)でそう言った。
「そうらしい。というか昨日の夜に生徒会長から『代役を頼んでおいたよ』っていう連絡が来て、それがまり先輩で、それで気になって関係性を聞いてみたら、『……あんまり言いふらさないでね』って言葉と一緒に渋々答えてくれた」
「早速あたしに言いふらしてない?」
「夏希には教えてもいいって言われたんだよ! そうじゃなきゃ教えてない!」
「そうなのね」
「なのにあんなリアクションしやがって……」
「そ、それはだって、ねぇ? しょうがないでそ――でしょ」
動揺で噛んでいる。
「……まぁ、そういう事情が暗躍してたってことだ。黙っててすまなかった」
「いや――こっちも悪かったよ……」……そういうことじゃないんだけどでも、よかった……。
「ん?」
「何にも言ってないよ」
「そうか?」
この事についてもだが、やっぱり隠し事は良くないことなのだろう。それに、夏希にも関係していることだったから余計に共有した方がよかった。これは反省した方がいい。
「そうだ、八個目のスタンプについて聞かないと……」
「あぁ、それなら佐藤が来る前に聞いておいたけど、誰も知らなかったって言ってたよ」
「そうか、聞いておいてくれてありがとう」
「……どいたま!」
その後、なんとなくくつろいでしまって、無駄に時間を消費して次へと向かうこととになった。
しかし残念なことに、書道部の部室でも吹奏楽部の部室でも何の情報も得られなかった。
そして、次に向かうのは今一番期待している場所である。
その名も体育館である。
行く場所もなく友達もいなく、仕事も居場所もない人がとりあえず時間を潰すために居座る場所ランキング一位の場所である。
――これは、春村ランキング調べなので俺は一切責任を持ちません。
体育館に近づくほどに陽気な音源と声援、手拍子と揺れが段々と大きくなっていくのが分かる。
体育館に入るとまず、ステージの上で踊っている女子生徒が目に入ってきた。その後、ちゃんと見ると、ステージ下やその横にもずらりと並んでいて、その一人一人が音に合わせ狂いなく息を合わせた動きをしていて、その光景見るに流石のダンス部と言うべきか圧巻だった。
「佐藤も踊れるんじゃない?」
「馬鹿言え。多少の運動はできるかもしれないけど、どうやらリズム感覚と運動神経は別物らしいから無理ゲーだ」
「へぇーそうなんだ! 知らなかった……」
しばらく見て楽しんでいると、やがてダンス部の出番が終わり、幕が降りて次の演目の準備まで休憩時間となった。
「聞き込み……する?」
「うーん……やたら滅多に数打てばいずれは分かるものか、と言われればそうじゃない気もしてきてるんだよなぁ……」
今になって、この聞き込みの成果の無さが懸念点として浮き彫りになってきた。
「こういうのって生徒に聞くよりも、先生とかに聞いた方がいいのかー? ……あっ」
「どうしたの?」
「あれ? 佐藤君じゃん!」
俺達は体育館の後ろ側で見ていたのだが、その付近を女子生徒の集団が通りかかって、そして、その中に違和感なく紛れ込んでいたみずきに気が付いて、こっちにも気づかれたという状況である。
「みずきちゃん先に行ってるね!」
「あ、うん!」
みずきは演劇部と思われる集団から抜けてこっちまで小走りで向かってくる。
「お前がここにいるってことは、演劇部の公演はもう終わったってことか」
「そうだよ」
「あ、どうも!」
「こんにちは……この人は?」
「あぁ、最近生徒会に入った塩谷夏希。同じ中学だったんだ」
「へぇ~……」
夏希をぐるっと一瞥するみずき。
「佐藤君もやるときゃやる男だからかな?」
「え、なんのこと?」
「ううん、何でもない」
誰がどう聞いても意味深な事を呟いたが、そんなようなことをいつも言っているためか慣れてしまった。こういう紛らわしい発言をわざとして
「それで……君たちはどうしてここに? 普通に遊びに来た?」
「いや違う。ちょっととあることでみずきに聞きたいことがあるんだ」
「なになに? ぼくが手伝えることがあったらなんでもござれでござるよ」
みずきは忍者がよくするあの人差し指を伸ばすポーズをしてそう言った。
「あざとい……」「かわいい!」
俺と夏希で真反対の反応をして、「「え?」」とハモる始末である。
「夏希……お前はこいつのことが分かっていない。おだてても何にも出ないんだ。お世辞すらいらない」
「はぁ? あたしはかわいいと思ったからかわいいって言っちゃっただけ! というか
「まぁまぁ……ぼくがかわいいとかあざといとか、今はそんな事を言いたいわけじゃないでしょ?」
「そうだな」「そうね」
これはこれは、とんだ閑話休題。
「こほん……本題に入ろう。これは昨日からの出来事なんだけど、俺らの企画しているスタンプラリーで一つ不思議なことが起きたんだ」
「ほう? 不思議なこと」
「それが、スタンプを七個しか用意していなかったのに、八個目のスタンプが押されていたということなんだけど……みずきはこのことについて何か知っているか?」
「うーん……知っているのかいないのかと聞かれたら」
「聞かれたら?」
「知らないね」
「知らないんかい」
これで結局無駄足になったか……と思ったその後すぐに、「でも色々考える余地はありそうだけどね」と付け加えて言ってきた。
「考えるよち? よちよち」
夏希?
「夏希の言っているその『よち』の漢字はなんだ」
「え? 平仮名だよ」
「やめろ、その赤ちゃんの語尾みたいなの」
「……いいかな?」
「あぁごめん」
「えぇっと、今まででどんなことが分かっているの?」
「いや、分かっていることはさっき言ったことが全てだ。昨日から色んなとこで聞き込みしたけど成果はゼロだ」
「うーん……その八個目のスタンプが他のスタンプと何か違う……とかは?」
「いや、他のデザインと同様な感じで上手いこと模倣して作られてた」
「へぇー、それは何とも不思議な話だ……」
「そうなんだよな」「そ、そうですよねー」
「――これってあれじゃない? 普通にスタンプラリーが終わった人に聞けばいいんじゃないの?」
「……それは、そうだけど。でも、最後のステッカーと交換する役割は生徒会長がやってたからなぁ……」
「そ、そうだよ?」と夏希も同意する。
「じゃあ、スタンプが押される一番最後の場所、七個目のスタンプが置いてある場所に行けば分かることじゃないかな」
俺は今恥ずかしいという気持ちでいっぱいである。
今みずきが言った二つの案を初めから考え付いていたら、こんなに時間がかからなかっただろうに……なぜ俺はこんなに回りくどい遠回りをしていたんだ。
「ありがとう……俺はまた一つ自分の伸びしろを見つけられたよ。感謝する」
「え、なに……急に何、えーっと? それなら良かった、ね?」
「よし、みずき急ぐぞ!」「え! ちょっとちょっと……」
俺は息巻いて夏希の手を引っ張って体育館を後にする。
後ろを振り返ると、みずきが手を振っている。
俺はそれを見て、親指を上に突き立てて返したのであった。
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