10

「はぁ……」

 文化祭二日目。

 二日目ともなると、一日目の興奮が少し落ち着いてみんな純粋にやるべきことをしたり、楽しんだりしている様子だった。

 ――俺を除いて。

 昨日家に帰ってから、椅子に座ってだらけていても、お風呂でぼんやりしていても、目を瞑って意識が溶けていくのを待っていても、その時、頭の中には「明日は生徒会長がいない」ということばかりで埋め尽くされるだけだった。

 正直、今日学校に来るのも億劫だった。

 ここで昨日見た生徒会長の開会式での挨拶を思い出す。

 ……あぁだめだ。何にも参考にならない。自分があの舞台に立って堂々と、理路整然と何かを喋っているのが想像できなさすぎる。

 この、目の前が何も見えない真っ暗な状態で前を歩かなければならない、みたいな状況があまりにも辛すぎる。

 しかし、時間は止まってくれない。

 なので、ダメ元でも一応何を喋るかは考えなければならない。えーっと……。

「佐藤……どうしたん大丈夫?」

 生徒会室に来てからというもの、椅子に座って頭をもたげて目を瞑り、手を頭の上に乗せうんうん唸って考え事をしていた俺を気遣ってか、夏希が心配の声を掛けてくれる。

「……控えめに言っても大丈夫じゃないかも」

「……なんか、珍しいかも」

「え?」

「いやだって、いっつも不安とかおくびにも出さずにやる印象があったから、そんな姿観たことないなぁ……って」

「そうか?」

「うん! 毎回あたしが困ってたらふらふら来て、それとなく悩みを聞いてくれてなんだかんだで解決してるもん」

「もん?」

「もん!」

「……お前が言うのならそうなのかもしれない。なんかちょっと楽になったかも」

「そうそうその意気だ! いつも通りやれば佐藤ならいける!」

「いけるよな、そうだよな」

「うん! あたしも応援してるよ!」

「病は気からっていうもんな! よし! ……じゃあ昨日の続きと行こうじゃないか!」

「うぇえ!? いや、佐藤は今日生徒会長の代理だから生徒会室離れちゃだめじゃない!?」

「あぁ、それなら――」


「やほー、えと……だねぇ」


「……んんん?」

「紹介するよ。こちら、製菓部の部長をしている越後まり先輩です」

「どもー、副会長のお二人さん」

「どーも……?」

 緊張しているのかはたまた警戒しているのか、やけに慎重に挨拶をする夏希。

「はははっ! そんなに警戒しなくっても! 私なんてただの頼りになるお姉さんみたいなものだから」

「それ自分で言うんですか……」

「違う?」

「いや……助かります」

 世の男子高校生は年上の女性に弱いのである。

 しかも、優しさと混じり合う蠱惑的な笑顔を向けられた時なんて、もはや絶対絶命のピンチと言い換えることもできる。

 絶対的な服従をさせられそうになるのである。「蠱惑的」というより「小悪魔的」である。いや、上級悪魔である。

「佐藤、何その顔」

「な、なんだよ」

「ふふふ……」

 またわざとらしい微笑みをたたえる先輩。

「じゃあ……よろしくお願いします」

「は~い、いってらっしゃ~い!」

「……」

 俺は小さく会釈をしてその場を離れたのだが、夏希は何も言わずに腕を組んでカラい表情を越後先輩へと向けていたので、無理やり腕を引っ張りながらその場を後にするのだった。

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