「……なんなんだこの格好は」

 さっき突然、夏希に「はい! じゃあ佐藤はこれ着てね!」と半ば押しつけられるように渡された衣装に着替えること数分後。

 俺は鏡を見て絶望した。

 小袋で包装されているタイプの飴を模した被り物(顔は出ている)を被り、白衣を身に纏っている姿はまるで、「くん」が呼称に含まれているタイプの某研究者みたいな風貌に仕上がってしまっていた。

 俺はうなだれながら更衣室を出て、再び生徒会室へと向かうことにした。


 ガララッ――!


「おい! この格好はなんなんだ!」


 勢い良く開かれる横開きの扉。開口一番の文句。

「あ……」

 生徒会室には夏希がいた。

 しかし、俺目にはどう見ても、まばたきをして再度じっくり見たとしても、その人物がさっきまでいた同じ夏希だとは到底思えなかった。

 そう思わせられたのには大きな要因がある。

 それは……その格好のせいだ。

 水色と濃い青の濃淡を組み合わせて、まるで夏の暑い日に涼しさを求め歩き、ようやく見つけた川の美しさを視覚化したようなそんな綺麗な流線型の柄が映えた着物は、古ぼけた生徒会室とアンバランスなようでそれさえも美しいと思ってしまった。

 視界に入った時、こちらに背を向けていたのだが、後ろから見た横顔と短いながらに後ろの方で括っているちょこんとした髪の毛が可愛さを際立たせていた。

 元気が有り余って仕方がない印象のはずの夏希が、今はしおらしく美しくクールに見えた。

「あ、佐藤、って……ぷふっ――あははは! なんだそれ、面白過ぎるでしょ!」

 ちゃんと笑われた。ただ渡されたのを着ただけなのに……いやそんなことより。

「お前、その綺麗な着物どこから持ってきたんだ?」

「綺麗……あ、こ、これね! 茶道部の人が余ってるやつ貸してくれたんだ!」

「え、それ余りものなんだ。めっちゃ似合ってるから自分で選んだものなんだと思ったわ」

「そ、そう? えへへ、ありがと」

 夏希は付け足して「褒めても何も出ないぞ!」と嬉しそうに言った。

 いつもとは違うクラスメイトの姿に驚いていると、突然、背中に何かが触れた感覚がした。そして、グイグイと生徒会室の中へと押されていく。

「はいはい、持ってきましたよー」

 後ろを見ると、段ボール箱を二段に重ねて持ってきた生徒会長であった。

「あ、生徒会長……持ってきてくれたんですか。言ってくれたら手伝ったのに」

「いやいや、君たちには頑張ってもらってるからね! これぐらいはさせて」

 机の上にどさりと置かれた二つの段ボール箱。

 開けるとそこには、生徒会特製ステッカーが袋詰めされて入っていた。

「おー! 出来やばいですね! めっちゃかわいい!」

「そうですねー! 塩谷さんにデザインとか諸々任せて正解でした! 本当にありがとうございます!」

 色味が鮮やかかつグラフィティ調のフォントで『SEITOKAI SIKKOUBU!』とデザインされた手のひらサイズのステッカーは、ビレバンのステッカー売り場に置いてあっても遜色ないぐらいの出来であった。

「実物、今初めて見たけど凄いな……売り物としてあっても割と売れそう」

「えへへ、すごいでしょ!」

「うん、凄い」

「生徒会長はどうおもいますか? 凄いですか!?」

「はい! 凄いです」

「へへ、そうなんですよ! 私凄いんですよー」

「調子に乗るの早くないか? ……まぁ、それぐらい凄いんだけどね」

 文化祭は人をおかしくするのか、それとも日本人特有の「祭」に対する厚い信仰心が原因なのか……。

 そんな、高校を代表する祭の一つに花を添えるというか、道筋を整えることこそが今回の俺たちの役目である。

 では、どうやってそれを達成するのか。

 ――スタンプラリーである。

 古風に日本ナイズして言うとお遍路である。

 ――意味のない言い換え。

 もちろん、存在する露店やイベントスペースを全ての場所を回らないといけないとするとそれは大変なので、大体校舎を一巡できる感じで、点々と満遍なく回れるようにポイントを決めている。

 あと、うちの生徒以外の訪問者に向けては、この学校の案内図としても使えるので、リクリエーションとしても地図としても使えるという一石二鳥の作戦である。

 ちなみに、『一石二鳥』という言葉はイギリスのことわざの訳語である。

 以上、解説の佐藤がお送りしました。

 まぁ、その一環で、俺達はチェックポイントの目印的な役割を担うことになったのだが……。

 はたして、こんなコスプレ紛いなことをする意味はあったのだろうか。そこだけはまだ納得していない。甚だ疑問である。

 そんな個人的な意見は置いておいて。

 スタンプラリー、実はチェックポイントを七箇所置いたのだが、生徒会執行部の部員は生徒会長と俺と夏希の三人だけである。

 手酷い人手不足である。

 しかし、ご安心を。この事態に際して手伝ってくれる生徒を募った結果、なんと美術部などチェックポイントにさせてもらった各々の部員や各担当クラスの生徒が協力してくれることになったのである。

 その際、みずきに頼んでみたのだが演劇部は忙しくて無理で、神木は相変わらず美術室に籠って出たくないらしいし、じゃあ詩論は暇だろうと思ったら、何故かあいつのことを朝から見ていない。なので、この協力体制は正直ありがたいことである。

 なので、俺が意味の分からない飴の被り物をした不審者になった理由は、各々に任せっぱなし頼りっぱなしになるのは違うだろう、という「気遣いのための犠牲」ということである。

 製菓部に置かれるスタンプ担当に配属されるからこの格好、茶道部に配属されるからあの着物。

 なんか不平等ななにかを感じざるを得ない。というか、この格好で知り合いに会いたくない。絶対に。

「……ところで生徒会長」

「なんでしょうか」

「生徒会長はなんで着替えてないんですか?」

 生徒会長を上から見ても下から見ても、横から見ても後ろから見ても、どこからどう見てもいつも通りの制服を身に纏っただけのただの生徒会長だった。

「ふふ……佐藤さんは甘いですね」

 不敵な笑みを浮かべる生徒会長。

「なっ……もしかして」

 一見、何の変哲もないこの姿になにか秘密が隠されているとでも言うのか!?


「実は僕…………生徒会長の格好をしているのです!」


「……? えぇっと?」


「佐藤は頭が固いね! あたしはどーいう意味か分かった!」

「なんなんだ? 教えてくれ!」

「ふふっ聞いて驚くな! 生徒会長は……生徒会長のコスプレをしている!」

「……いや、ん?」

 謎のドヤ顔でふんぞり返っている夏希と、その後ろで腕を組んで頷いている生徒会長。

 まずい! 生徒会長もこの文化祭の熱にやられて、そっち側へと足を踏み外してしまったのかもしれない!

 そんな閑話休題。

「そんな冗談はさておいて……本当のところ、僕はここに残っておかないと、色々とトラブルが起きた時に対応できないからね」

 あぁ、そういうことね。

「生徒会長」

「なんでしょうか」

「……時間制で途中交代しませんか」

「もしかして佐藤、その格好が嫌すぎて生徒会長に押しつけようと……!?」

「違うわ! ほら、最後の文化祭なのに、生徒会長が楽しめないのはもったいないというか……俺個人としても最後ぐらいは楽しんでほしいと思うんだけど……」

「そういうことね……それなら、あたしも賛成!」

聞いたところ、去年は生徒会長が全ての役割を背負っていたという。

 その為、生徒会室にずっと籠っていて、当日になっても校舎を回ったり出来なかったらしい。先生から「行ってもいいよ」と言われていたけれど、「生徒会長ですから……」と断っていたとも。

「ありがとうございます……その気持ちは嬉しいですが、僕と同じようにあなたたちの文化祭も今日と明日しかないのです。この国に生まれて、ご多分に漏れず自己犠牲を美しく思う僕ですけど、決してそういう気持ちではないんです。好きなんです。こういう役回りというか立ち位置でお祭りを見ているのが……ね?」

 ひどく丁寧な断り方だと思った。生徒会長らしいとも思ったけど、でもここは譲れないという気持ちもあって、どうしようか悩んだ結果、俺は、

「分かりました……ですが俺は定期的にここに来ます。それはいいですよね?」

「あ、あたしも! なんか疲れたーってなったら、生徒会長から出てるマイナスイオン吸いに来ますね!」

「なんかその言い方はキモくない?」

「はー!? キモくないし! 佐藤の方がキモいわ! あーキモいキモい!」

「ふふふ……ありがとうございます!」

 生徒会長が『自己犠牲』で言っているのではないと言うのならば、こっちも『憐れみ』でこれを言っているのではない。

 こっちだって生徒会長が好きだから、せめて高校生活最後の文化祭ぐらいはいい思い出を残してほしいと心からそう願っているだけである。

 夏希も気持ちは同じだろう。

 まぁ、その気持ちと同じぐらい自分も楽しむつもりではある。

 ただ、今このメンバーでこの環境で、この感情で文化祭を楽しめるのは今しかないということを忘れてはならない。

 感傷するにはまだ早い。

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