それから何分か経過して。

 ここにきて案外、監視カメラ映像を見るのも楽しいかもという、さっきの発言をすべて無に帰すかのような寝返りをしそうになっている私の前に、畑城蛍は再び姿を現した。

「なんで流されそうになってるんですか」

「だってなんか面白いかもって思っちゃったんだもん……まぁ、今更撤回なんてしないけど」

 お互いに居住まいを正して(こっちは座ったままだけど)、正面向かい合わせて目を合わせる。

「やっぱり私には無理かもしれません……何というか他人の視線が怖いっていうか、想像してみたんですけど……やっぱり心臓がキュってします」

「そうかー。じゃあこれはどう」

「これって」

「全身を覆うタイプの仮装するってのはどう?」

「……?」

「例えば……黒い布を被ってスクリームのお面被るとか、プラスチックのかぼちゃの置物をちょっといじってそれを被るとか……ほら、さっき見た感じ仮装してても生徒会の人だろうと思って違和感なく入れると思うからさ」

「それは――確かにそうですね……」

 ご一考してくれてありがたい限りである。

「それならまぁ、チャレンジしてみる価値はありそうです。はい」

「それじゃあ、途中百均によって仮装できるもの買って行きますか」

「はい。……分かりました」

「では、この縄を解いてもらえるかな」

「いや、それはそのままでお願いします」

「え、いや、うん? ……いや、え?」

「私だけが仮装しているのも変にみられる可能性があるので、先輩も仮装しているという体で一緒にいてください」

「え、いや、私も買い物の時、一緒に仮装グッズ買えばいいんじゃ……」

「え? なんですか?」

「え、……いや、ナンデモナイデス」

「そうですよね。では、行きましょうか」

 この後輩は転んでもただでは起きないのだろう。さっきの言葉はそんな胆力を感じる圧があった。


 それから、私は椅子から解放されたが、未だに拘束は解かれずに倉庫を出ることとなってしまった。

 そして、近くの百均へと向かう中、私は密かに思考する。

 ひとつ――私は重要なことを忘れていて、倉庫で畑城蛍と話している間に気づいてしまったことなのだけれど……。


 多分、畑城蛍は人間ではない。


 なぜなら、彼女に温もりがなく、匂いがなく、そして何より、ナチュラルにこっちの心の声と対話してくるからである。

 私としても、それがあまりにスムーズであったため違和感を持たなかったが、普通、そんなに人の思考を分かっちゃダメなんだよな。

 何故か彼女の方も、何度か心の声に返事していることに、何の違和感もそぶりも見せなかったけれど。

 これがさっき気づいてしまったこと。

 そして、私はその他にもう一つ思い出したことがある。

 はたしてどうして、なぜこのことを今まで忘れていたのかを知りたい、ので誰か教えてほしい。

 というのも、彼女の凄惨な腕の様子を見せられた時に、が目に入ってきてしまったのだ。

 手首より十センチぐらい下あたりに、英語でKS-10/01 というタトゥーが小さく彫られているのを見たからである。

 正確には、「リスカみたいな模様が並んでいる腕に小さく刻印されている」である。

 Kは木部でSは詩論、10/01は完成日時の十月十六日。

 それを見て私は初めて気が付いたし、思い出したのだ。


 彼女は私が初めて作った「完全自律型人工ロボット」であり、その試作品である……と思われる。

 これだけ状況証拠があるのに断言できないのは、私が臆病だからなのか、学者かじりの自意識が故かはたまた――もしくは彼女が、彼女自身が今どう思っているかを知らないからか……。


 あの時私には彼女しかいなかったし、彼女以外何もいらないとすら思っていた。

 その筈だった。

 しかし、今の今まで私は忘れていた。

 どうしてだ。どうして忘れるなんてことができたのだ。どうして思い出せない、どうして……。

 今私が彼女のことについて知っているのはこれだけである。

 そして今は。

 今は、ウキウキで歩いている畑城蛍と、何故か拘束されてその隣を歩いている私がいるだけである。


 細かいことは後でいくらでも分かる。だから、今は目の前の事を楽しむ、今の現状を可笑しく思う、それだけでいいのかもしれない。いや、いいと言い切ろう。

 心躍る感情に喝采を。

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