分割された監視カメラの映像を、椅子に縄で縛られた男とその隣で三角座りをしている女で見る、という状況に慣れ始めた自分が怖くなってきた。

 目の前の映像にはこれまた慣れ親しんだものが映っているが、いつもとは違う姿がたくさん映っていた。

 いつも通っている学校。いつもと見慣れぬ装飾。

 校内にある時計の針は丁度十時半を指していた。

「そういえば、今冷静になって思ったけれどさ」

「なんですかっ……」

「私に使った睡眠剤強すぎないか? 夕刻が終わるぐらいに眠らされて起きたら次の日の朝になってるけど……」

「あ、あはは……それはそのぉ、ちょっと量間違えちゃったみたいです……はい」

「笑い事じゃないんだが……」

 とりあえず、畑城蛍のやりたい事が「一緒に監視カメラ映像を見る」ということで――というか、これを見ること以外に何もできないので、大人しく鑑賞することにする。どれどれっと。

 案外、乗り気である自分を無視しつつ監視映像に目を向けてみると、廊下の天井や教室の隅、体育館のバルコニー部分や昇降口付近の自販機上など、結構大胆な視点からの映像が沢山あることが分かる。

「これ、カメラよく仕掛けられたなぁ……見つかったら休学どころじゃないぞ。退学レベルだ」

「あ、ありがとうございます」

 褒めてない。

「でもでも、あれはですね……実は委託したんですよね」

「委託?」

「そうです。本校舎から少し離れた所にあるミーティングムール。その二階奥にある、古い事務棚の右端と上から二段目にある筒に要望を書いた紙を入れたら、き、協力してくれました」

「えーっと……何なんだそれは」

「うちの高校内に存在する無所属の何でも屋……らしいです。詳しい事情は分かりません」

「ほぉ……。あれ、ミーティングルームには監視カメラを仕掛けられなかったのか?」

 パッと見てもミーティングルームらしい映像が一つもなかった。

「は、はい。というか、怖いのであんまり詮索もしたくないですけどね……うぅ」

 それは私も同意である。よくわからないものにやたらと首を突っ込むのは、冒険物の主人公だけで十分である 

 かくして、カメラを仕掛けたという実情が明らかになったのであったが、まだ分からないことがある。それは……このカメラを仕掛けた理由だ。

 でも、どうせロクな理由じゃないだろうから聞くのすら憚られるなぁ……どうしようかなぁ。


「先輩……じ、実はですね、私学校に行くのが怖くてですね。人が怖くて、……で、でもですね! 「学校」っていう環境とか好きなんです。憧れがあるんです。キラキラした青春を自分が体験できなくてもいいから、この目で見てたいっていう願望があるんです」


 突然の告白によって、憚られる質問をしなくて済んだことに安心したが、それ以上に内容が深刻そうだった。

 いじめか……。全くもって愚かな行いであり、人間に生まれたというからには避けられざるマウンティング意識の顕現現象である。

 これ、畑城蛍が噓を言っているってことは無いよな? お涙頂戴に対して私は厳しいけど、どうなんだ? うーん?


「これが証拠です」


 そう言って畑城蛍が見せてきたものは二の腕の内側で、そこには、手首から数十センチにわたって横線――縞模様の切り傷が複数見られた。


 リストカット、か。


 ――現代を生きる若い女の子に多く見られる傷跡。

 その行為に至る理由は様々だが、そのほとんどが、「ストレス発散できるから」という意外にも単純な理由であることが多い。

 その者の潜在意識に、「痛みによって生きていることを実感するためである」という思想が隠れていると唱える者もいるが、その実はそんなに複雑じゃない、単純に気持ちがすっきりするからというだけだ。ただそれだけだ。

 そして、私は最近この手の話を聞いても大して驚かなくなってしまった。切ったや、飛んだや、体を売っただとか。そんな、日常と言ってはいけないものがありふれすぎてしまっている。


 辛くて悲しくて虚しい世界。


 そして、私は目の前を見る。


 現実を見る。

 現状を受け入れる。

 私はその傷にそっと手を伸ばし触れようとしたら、畑城蛍は「あっ」と言ってサッと腕を下げてしまった。

「すまない」

「あ、いや、はい……」

「とりあえず、分かった。いじめを受けていたことは誰かには――」

「言ってないです」

「だろうな。だとしたら、一人で誰にも言わずに抱え込んだってわけか。そして、そのストレスを抱えきれなくなって、自分で切ったと」

「そ、そうです」

「そんな畑城蛍はなぜ今回、不登校と人間不信という枷を振り切ってまで私に会いに来たのか、聞かせてもらってもいいか」

「それは、あ、を見たからです」

「あれ?」

「科学誌の雑誌に載ってたインタビュー……」

「あぁ……」


 あれは三年前の出来事である。

 当時、中学二年生という好奇心に素直で純真な性格だった私は、色んな本や動画、ウィキペディアを見漁って、初期衝動そのままに創作活動へと没頭していた男の子だった。

 そんなある日、私が作った試作品の防犯システムがひったくり犯を捕えるという事件というか事故が起きたのである。

 そう、事故なのだ。それは故意ではなく事故である。

 意図していなければそれは、たとえどんな善行であったとしても結果としては事故である。

 しかし、世の中は都合のいい物語しか見ないのだと、私はそこで初めて知った。

 まるで若き英雄のように称えられ、見ず知らずの大人が瞳を黄金色に輝かせて寄ってたかってきた。

 親はというと、その大人たちの口車に全く疑うそぶりも見せず、私が最初に貰った雑誌(いつも購読している科学誌)のインタビュー以外断ろうとしたら、揃って血相を変えて怒気を露わにしたものだから、私は慌てて意見を変えたのを覚えている。

 いつの間にか親の瞳も黄金色へと変わってしまっていたのだ。


 もちろん、その現実を目の当たりにして悩んだし苦しかった。もしかしたら、周りにいる人間が全ての敵なんじゃないかなんて思ったりもした。

 そんな中でも私の頭の中には常にアイデアが溢れ続けた。今思うと、それだけは救いだったのかもしれない。

 そして、感情に芽吹く生命の存在を知ったのはそのすぐ後だっただろうか。

 感情と科学について色々と実験してきた結果、できたのは、自己錬成する味方の作り方だった。

 これは決して人工生命ではない。

 なぜなら、これは感情が発する電気信号に応答するただのからくりだからだ。

 だから、いいんだ。

 それに、これは相当昔のことである。今は友達がなんと四人もいる。

 人間不信だったあの頃を考えればすごい変化だろう。全く予想もしていなかった。

 だから……畑城蛍は私のインタビュー記事を読んだ後に、私へとコンタクトをとってきたのだろうか。

 それならば、奇しくも似た性質を持ち合わせている者同士、引き合っているという運命論すら信じたくなるな。――これは心からの感想ではないが。

 とにかく、畑城蛍が私を知ったのは雑誌のインタビューであったことに間違いないけれど、確か私の記憶では相当前に掲載されたはずで、偶然目にするなんてことはないだろうと思うのだが。

「そ、それなら、最近ネット記事として再掲されてやつを読みました。偶然タイムラインに流れてきたので……」

「それは私も知らなかった……」

「あのインタビュー好きなんですよね……カリスマ性が滲み出ててほんとに好きなんですよ」

「それは、まぁ、ありがとう?」

「そして、実際に会ってみてやっぱり、いいなって……本物だなって思いましたよ。予想通りというか、そ、想像の斜めというか」

「え、斜め?」

「あ、い、いえナンデモナイデス」

 私の性格のこと……かなぁ。そんなに捻くれてるかな? 自分では素直で分かりやすいと思ってるんだけどな。

 一人、性格が斜めだと言われたことにショックを受けていると、複数ある映像の一つに見知った顔がいることに気づいた。

「あれ佐藤ちさ……ん?」

「お友達ですか?」

「あ、あぁ。こいつ、生徒会役員なんだ。だから観た通り今、生徒会室の前にいるんだけど……これはなんというか」

「えーっと? もしかしてこの飴の精霊みたいになっている人がその……」

「多分、そうなんだけど……本当にそうなのか怪しくなってきたところではある」

 いったい、生徒会は何をしようとしているのだろうか。あんな売れない地下芸人みたいな恰好をして……。

「あ、こっちには春村神木と華厳原みずきがいる」

「この人たちも先輩のお友達ですか」

「あぁ、そうなのだが……」

「 『そうなのだが?』 」

「何故か手を繋いでいる……」

「うーん……男女同士だし、そういった年頃特有のやつですよ先輩! そんなに気を病まないでください! ほら! 私がいるじゃないですか!」

「いや違うんだ。一見すると今、お化け屋敷から出てきた男女のカップルに見えるかもしれないが、片方は観た通り男で、もう片方は女性的な見た目で、どう見ても女の子の格好をしているが……あいつ実は男なんだ。多分、劇で使う衣装を着たまま学校を回っていたのだろうと推測できるがそれにしても、なぁ」

「なるほど……これは騙されました」

「いや、彼らの知り合いである私ですらも、このような光景を見たのは初めてなんだが……男同士で手を繋ぐのは今のご時世的に普通なのか」

「ど、どうなんでしょうか……私も聞いたことはないですけど」

「そうだよな」

 うーん……これはあんまり詮索しない方が今後のためにもいいのかもしれないな。よし見なかったことにしよう、うん。

 いつの間にかどうにかなっていた友人たちの様子を目撃してしまって動揺が隠せないが、しかし、彼らも意味なくそんな状態になってはいないということは、今までの経験が知らせてくれる。

 ただ分かっていることは、「なんか楽しそうなことをやっている」ということだけである。

 そして。

 それに首を突っ込むたくなってくるのもまた事実である。

 なので、さっきの『あまり詮索しない方がいい』という考えは撤回させてもらおう。

 ……よし、学校に行こう。どう考えても面白そうなことが起こっている匂いがプンプンする。


「ちょ、ちょちょちょっと待ってください!」


「ん?」

「先輩、私がどうしてここに誘拐したのか忘れたんですか! 忘れたなんて言わせませんよ!」

 身動きが取れない私の目の前にすごい勢いで立ちふさがり、足の間に膝を置き、その両手を肘置きに乗せて、前のめりに顔を近づけてきた。そこには何の匂いも温もりもなかった。

「覚えている。一緒に監視カメラで文化祭の様子を見るんだよな。ほら、覚えてる」

「じゃあなんで学校に行くなんてそんなこと」


「畑城蛍は行ってみたくないのかい? 学校にさ」


「――! ……。」

 ハッとしたかと思ったら、何も言わずに視線を下へと逸らした。

 そして、私から少し離れたかと思ったら、ゆっくりと歩きだし、私のちょっと後ろ――視界に入らない場所へ行ってしまった。

 ……多分、彼女は今考えている。

 「学校に行く」という恐怖と「文化祭を実際にその目で見る」という好奇心を天秤に掛けているのだろう。

 あぁ、ゆっくり悩むといい。私はいつまでも待つさ。

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