目を覚ました時、私はいつもよりもスッキリと意識が透き通っているという感覚を感じながら起床した。否、床から起き上がっていないので正確にはなんだろう……起座したとでも言っておこう。

 とにかく私は、見ず知らずの場所に運ばれていて、椅子に座らせられた状態で目を覚ましたのであった。

 しかもこれはただの椅子ではない。

 なんと、ネットで注文すれば十万円するかしないかぐらいの高級リクライニングチェアに縛り付けられていたのだ。

 ……しかも、ご丁寧に背もたれを倒してあるので、椅子に縛られているという身であるにも関わらず、快適さを享受しているというこのジレンマ。しかも掛け布団もかけてあるという丁寧な仕事ぶりである。


 一体どういう目的で行われた犯行なのだろうか。


 そんなことを思いながら、ふと今の時間が気になって、自由の効かない手を何とか動かしてポケットを探ってみるけれど、残念なことにそこにはなんの感触もない。どうやら回収されているようだった。

 そういうことなので、とりあえず状況把握の為に辺りを見回すと、ここが十畳ぐらいの狭い倉庫であることが分かる。もしかしたら、倉庫というよりも小屋と表現した方が正しいかもしれないここは、エアコン完備、何かしらの段ボール箱多数、古い事務用椅子&机完備という好物件であった。

 それと、机の上に謎の機械が一台、机の下に予備で準備したのであろう布団が山になって置かれている。


 この様子から見て取れること。


 それは、この誘拐が計画的なものであったということと、この倉庫が誘拐犯の私物である可能性が高いということ。

 それと、掛け布団に高級リクライニングチェアなど、「誘拐」を企てる者がおおよそ持ち合わせていなそうなおもてなしを受け、私の脳は混乱していた。手厚い歓迎を受けているのが不思議でしょうがないのだ。

 もしかしたら、人間が狂った先に存在するのは案外、おもてなしの精神なのだろうか。

 それはそれでただ怖いだけだろう。


「うーん……あ、先輩起きたんですか……お、おはようございますぅ」


 その声は少し掠れていて、そして、声の出所が分からないぐらいに小さかった。それと、少しくぐもっているようにも聞こえた。

 くぐもって聞こえた――あたりに隠れられる場所は一つしかない。

 そう思ったと同時に、机の下にある布団の山からひょっこりと顔が出てきた。

「……」

 布団の山からもぞもぞと這い出す姿は、何らかの野生の動物のようだと思った。

「おはようございます、先輩」

「おはようついででなんだが、この縄を解いてくれないかな」

 そう言うと、畑城蛍は眉端を下げて目をそらした。

「先輩……怒ってないですか?」

「怒る?」

「いやー、普通だったら怒ったり恐怖におびえたりするものなのかなーって……」

 そう言う畑城蛍の顔を見てみると、なぜか怯えた顔をしていた。なんで誘拐した張本人であるお前の方がそんな状態なんだ……と問いたくなるが、そこは元々の性格からくるものだろうからどうでもいいとして。

「まぁ、一つ言えるとしたら、自らここまで身を委ねたのだから、この状態になっているのも自業自得と言えるから……かな」

「え、『自ら知ってて』って……」

「その青色は、私の舌が知っていたということだ」

「……!?」

 人をだます時、自分自身すらだますぐらいの気概を持って挑まなければならないのだ、といつか読んだ小説の主人公が言っていたのを思い出す。

「と、ということは先輩。先輩はサイダーを飲んだふりをしたと――」

「いや、それはちゃんと飲んだ」

「え、えぇ……?」

 困惑の色を隠せずにいる畑城蛍。

 まぁ、私が何の策も無しにその罠を受け入れるわけはない。それは全てのポケットが空になっているというのがその証拠である。


 ――最終防衛システム。


 完成したのが一昨日という正真正銘――超最新鋭の代物で、まだどこにも公表していない。

 そしてその正体はというと、誰がどう見ても何の変哲もないこの学校指定制服である。

 現代でも馴染めるように作った、自律型防衛システムを搭載してある鎧。

 これはカスタマイズ可能で、布の面積が指定以上存在していれば、どんなデザインでも改変し放題の発明品である。

 どんな効果効能があるかは今はまだ言わないでおくけれど、その性質上、誤作動されると後処理がめんどくさいので、作動条件を付けて制限しているのだ。

 そのリミット解除方法が『ポケットを空にする』だ。

 私のポケットが私の発明品でパンパンなのは、自分の発明品たちを愛しているからというのもあるが、その抑制機能としての目的というのもある。

 まぁなんであれ、危険な目に遭わない行動を心掛ける、システムが作動しないように生きるのが一番の自衛ではあるのだけれどね。

 そしてこの発明品、名を『ラストオーダー』と言う。

 言うのは私だけだけど、それでもいいのだ。愛着と感情がこもるからいいんだ。

 まぁ、世間話と性能自慢はこれぐらいにして、本題に戻ろう。


「話が逸れてしまったが、再度言う。この縄を解いてはもらえないか」

「……だめです」

「だろうな。これですんなり解放したら逆にこっちがびっくりだ。そんなことしたら、こんなリスクをとってまで私を誘拐した甲斐が全くもってないし、な」

「……」

 畑城蛍は片腕の肘辺りをもう一方の腕で掴み、目を泳がせる。

「それじゃあ質問を変えよう……なんでこんなことしたんだ?」

「えぇっとー、そ、それはですね――」

 そう言って畑城蛍は、のそのそと立ち上がり机の上においてある謎の機械をいじり始めた。

 小さい起動音が数秒間鳴ったかと思ったら、急に目の前が真っ青になった。

 その青は壁に大きな四角として浮かび上がっている。

 机の上に置いてあったあの謎の機械、あれはどうやらプロジェクターだったようだ。

 先端部分から出た光が、倉庫の壁いっぱいに大きなスクリーンを映し出している。畑城蛍はプロジェクターが正常に動いたことを確認すると、机の上においてあるノートパソコンを中腰の状態でいじり始めた。……ここもしかして、今私が座っている椅子以外に置いてないのか?

 しばらく、畑城蛍の操作するデスクトップ画面をぼんやりと眺めること数秒間。

 画面が切り替わったと思ったら、青を基調としたグラデーションカラーの背景と共に、知らないメーカーのロゴがでかでかと映り込む。

 そのコンマ数秒後のこと。

 黒い画面の上に、分割された白い枠の長方形が無数に現れた。果たしてこれが何なのか、私はそれを数秒後に理解する。

 なんと、その白い枠の中それぞれに、違う映像がバラバラに映し出されたのであった。

「これって……」

「は、はい。監視カメラです……」

「しかもこれは……学校か?」

「そ、そうです!」

 畑城蛍はまるですごいことを成したかのような、だから褒めてもらいたさそうな表情満開でそう言った。


「き、今日は一日、一緒にこれを見たいなぁって……思ってます」


 黒縁眼鏡の隙間から覗いてくる瞳は、上目遣いを存分に駆使して視線を向けてくる。

 このそばかすが作るあどけなさからは真反対の行動と宣言を、「ギャップ」の一言で済ましていいのかどうか――今回ばかりは悩まざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る