全国のどの学校にも生徒会というものは存在する。

 正式名称を『生徒会執行部』と冠したこの部は、全校生徒が所属している『生徒会』というものを通して、委員長と会議したり、学級委員で会議したり、改善点を吸い取って直したりといった仕事をする、言わばまとめ役の立場だ。

 その基本構成として、まず一番上に生徒会長、次に副会長が男女で二人、その他に書記と会計という役割で運営されている。

 その中で、今の俺の立ち位置はというと、であった。

 ――生徒会長の代理。

 仕事内容を一言で言えばこれに尽きる。これ以上でも以下でもない。

 とにかく、俺の仕事は生徒会長のサポートをすることであり、何かの挨拶をしたり計画を立てたり、ましてや雑務処理などをするのは俺の仕事ではない。


 これがとしての俺の意見だ。


 あと他に何の意見があるかというと、としての意見ととしての意見がある。

 ……なぜこんなことになっているのか。

 そりゃあ、あれだろ。書記と会計の募集に誰一人として立候補しなかったからだろう。というかそれ以外ない。

 そして、その状況がどうして起こっているのか。

 それは多分、この学校が珍しく生徒会長や副会長などを選挙で決めたりしない、という制度設計だからというのが真実であり現実だ。

 これが当事者じゃなければどうでもいいことだ。しかし、この件に関していえば直接的な被害が俺に降りかかっている。

 そんなのおかしいだろ。不幸だし不公平だ。

 クラスの比較的仲の良い連中に勧誘しても、「めんどくい」の一言で嫌がって興味すら見せなかった。

 というか、もっとおかしいことがある。なんで、なのに書記も会計も俺がやっているんだ! あいつマジでさぼりすぎだろ。チッ、はぁ……。


「生徒会長。もう明日本番だけど……なんでまだ承認印押してるんです? 結構前から嫌になるほどペタペタやってましたよね。あれで流石にもう全部倒したと思ってたんですけど」

「そうだったらどんなにいいだろうね。でも、この『要望書』ってやつはそう簡単に無くならないんだよ。一枚見たらあと百枚は存在すると思え! ってね」

「それはゴキブリか何かなんですか……」

 「多忙」と表現するには、あまりにも控え目すぎるぐらいの仕事量を抱えている生徒会執行委員会。

 しかも、生徒会長であり先輩でもあるこのキューティクル半端ない髪質のこの人、体力ゼロだし筋肉も体幹もないクセして、休み時間と放課後をフルベットしてここ最近はずっと作業しっぱなしである。

 副会長だから手伝うのは当たり前だけど、それ以上に俺は生徒会長の体調が心配でならなかった。

 だって、こんなに頑張ったのに本番は体調不良で欠席なんて、そんな可哀そうなことはない。頑張りを傍で見てきた俺ならよりもっと思う。


「というか、夏希はどこ行ったんですか? あいつ最近入っていきなり副会長になったかと思ったら、最近ずっと姿見てないんすけど」

「あぁ、塩谷しおやさん。塩谷さんは僕がずっとこんな調子だったのを気遣って、通常業務をしてくれてるよ」

「え――、あっ……」


 それを聞いて、俺は彼女を見くびっていたことを自覚した。


 夏希のことは小学校から知っていて、その当時から彼女は天真爛漫の具現化みたいな性格だった。

 そして、そんな彼女は、良くも悪くもとりあえず行動をしてから考えるタイプだったのを忘れていたのだ。ここ最近の業務地獄で少しイライラしていたのに加えて、見知っている存在だからかいつのまにか甘く見ていたらしい。

 猛省しなければならない。

 そんなことを思ってしまった俺自身に対して身が悶えるほど恥ずかしくなった。

 最近寒くなってきたと感じていたはずなのになぜか部屋が暑いと感じる。

 はたして、これは部屋の温度のせいか自分の体温のせいなのか。


 生徒会室に生徒会長と二人。

 生徒会室は比較的に整理整頓されてはいるものの、あちらこちらに資料の山が積みあがっていて、見る人が見れば散らかっていると感じてしまうぐらいの様相を呈している。

「生徒会長……それって夏希から生徒会長に自ら、自分自身の意思で申し出たんですか?」

「んーとね、どうだったかな……。確か最初は、僕が生徒会室に入った時にもうすでにいた塩谷さんがすごいドヤ顔で腰に手を当てながら、『生徒会長! 文化祭終わるまで通常業務はあたしがやっておきます! なので、生徒会長は他の仕事に集中しておいてください!』って言ってからだったね……頼りになる後輩が入って来てくれて嬉しいよ! 佐藤君とも知り合いみたいだしね」

「生徒会長」

「なに?」

「ちょっと夏希のこと手伝ってきます」

「……うん。いいよ行ってきな」

「――ありがとうございます」


 俺は衝動のままに生徒会室を後にした。

 その原動力が罪悪感なのか羞恥心なのか後悔なのかは知らないが、今行動しないともっと後悔するということだけは分かっていた。

 「罪の意識は加害者意識が生み出すもので、それは実際に被害を被ったかどうか、被害者がどう思うかは関係ないのだ」と木部が言っていたのを思い出した。

 その時は何言ってるのかさっぱりわかんなかったけど、多分それってこの気持ちのことを言ってたんだな、木部。どんな話の流れでこれを言っていたのかは覚えてないけど。


 でも、これは最善の選択だ。

 なぜならば……自分がしたいと思ってしているからだろうが。

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