「あー……疲れた」

「おつかれさまー! ありがとね、手伝ってくれて」

「……おう」

「ひひっ、何その返事ー!」


 備品の整理は、いつもなら確認程度で終わるだけの簡単な作業のはずなのだが、文化祭準備中ということもあって、借りたり戻したりが頻出した挙句、いつも同じ場所に置いてあるはずの物が全然違うところにあったり、逆に今まで全然見たこともない布とか道具などがあったりと阿鼻叫喚の様相であった。

 あれは、A型の性格じゃなくても絶望するぐらいの惨劇だった。できるならもう二度と見たくない光景なのだが……そうもいかないのが現実だろうな。

 始まりがあるならば終わりもある。

 文化祭だって開会式と閉会式がある。文化祭準備期間があれば、文化祭の後片付けフェーズが待っているというのは自明の事実である。

 あぁ、まだ文化祭すら始まってもないのに、もう文化祭終わりの片付けを心配している。


「なぁ、夏希」

「ん?」

「そーいや、お前なんで生徒会入ったんだ?」

 そういえば、夏希が入ってからすぐに文化祭が控えていたため、業務的な会話ばかりをしていたせいで、なぜ生徒会に入ったのかを聞いていなかったことを思い出した。

「うーん……」

 悩んでいる様子と表情を見るに、その理由を話すか話さないかを悩んでいるというよりも、話しても話さなくてもどっちでもいいけどどうしようかな、と考えている気がした。

「別に話したくないなら無理に――」

「いやいや、そういうことじゃないんよ。そういうことじゃないんだけどね、なんか言っても言わなくてもいいような内容だからどうしようかなって」

 俺の予想は当たっていたらしい。空気と表情を読むのは昔から得意だったからな、賜物

ここに極まれりって感じだ。

「どっちでもいいなら言えばいいんじゃないか」

「あーそっか! じゃあ……」


 そこまで言って、彼女は口を開けたまま止まった。

 そして、眉間にしわを寄せたかと思ったら、そのまま口をゆっくりと閉じた。


「え、なにどうした」

「やめた」

「え?」

「やっぱり言うのやめた!」

 夏樹はそう言うと、近くに置いてあったオレンジジュースに口をつけた。

 俺はそれを聞いて、そうか、と特に気にしていないそぶりをした。

 だけど、本当は何を言いかけたのかめっちゃ気になっていたけれど、でも追及するのもダサいだろうと思って気にしないという体を取ったのだった。


 夏希のいる場所を生徒会長から聞き、生徒会室を後にした俺は、少し離れたところにある用具室へと行ったのだった。

 用具室に着くと、そこには丁度、中身が詰まっている大きめの段ボール箱をひょいと軽々持って出てきた夏希がいて、タイミング良く出くわしたのだった。

 そして、第一声を何と言おうか迷っている間に、「あぁ! ちょうどよかった! まだ中に運ばなきゃいけないやついっぱいあるから、手伝って! お願い!」と言われてしまったのだった。

 そして、俺は最初からその気持ちで来ていたので、何か文句を言うまでもなく手伝った。

 それが終わって、俺たちは自販機で好きな飲み物を買って、特別棟のあまり人が来ない廊下の奥の隅の方で休憩していたのだった。


「……明日本番だけど、楽しみ?」

 夏希は優しい笑顔をたたえながらそう言った。

「そう、か。そうだ本番は明日か」

「え、大丈夫?」

「別に、ちょっと疲れすぎて脳バグっちゃっただけ」

「はははっ、なんだそれ」

「正直なところ……明日が本番だとか、どこに行こうとかいうことよりも、生徒会長のことが心配っていうのが正直なところかな」

「ちょっと過保護すぎっていうか生徒会長のこと甘く見すぎなんじゃないの……って言いたいところだけど、ここ数日の様子を見てるとそう言いたい気持ちはよく分かる! なんか、本来だったら休んでるところを忙しさが許してくれてないって感じ」

「そうなんだよ。いつもだったらここらへんで休憩しているなって時間になっても、なにか作業してたり、先生と話してたり、そもそも生徒会室に顔を出さなかったり……」

「それは、心配になるかもね」

「だろ?」

 我々は意見を同じくした同志である。

 それが「生徒会長の健康を案ずる」という、後方腕組み親父的な心配をしていることについては何とも言えないが。

 だがしかし、負担が生徒会長一人に集中しないように、我々、副会長同士で手を取り合う必要があるという共通認識を共有した。

 そして、俺は思った。

 夏希は成長している。

 この感情が何なのかは今はまだ分からないけれど、昔から知っているやつほど、些細な心の成長を敏感に感じるのだということは今わかった。

 青春というものは人間を成長させるらしいけれど、もしかしたら本当にそうなのかもしれないと一ミリだけ思ったのであった。

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