コンビニで買ったあんこマーガリンコッペパンをもさもさと頬張りながら窓を覗けば、そこには、文化祭に向けた準備にバタバタと忙しくしている生徒が、行ったり来たりしているのが見える。

 その様子を見て、心底、自分が美術部で良かったと思うのは当然のことだろう。


 ……そうだろう?


 なんせ、こんなにせわしない様子の学校とは打って変わり、美術部はというと、午前中はみんな自分の絵の最終チェックや修正、その他の作業をしていたため、気楽な時間を悠々過ごせた。

 これがもし、どこの部活動にも所属していなかったとすると、クラスでお化け屋敷設営を手伝わなければならなかっただろう。色んな道具を探したり、作ったり、練習したり……。

 ――そんなもん、やっぱりどう考えても美術部にいて正解だった。

こんな時、なんて言うのが正解か。

 それはやっぱりこうだろう。


「気分がいい」


 ガラガラッ。


「おーい! やってるかー?」

「以下同文ー!」

「神木くん、おつかれさま!」


 突然、ノックもなくその扉は開かれた。

 だけど、それは当たり前のことである。

だって、こいつらにはもう、美術室に誰もいないことを知らせていたから。

 一番最初に扉を開けたのは佐藤さとう千歳ちとせ、その後ろから同調したのが木部きべ詩論しろん、そして、一番後ろから疲れを労ってきたのが華厳原けごんばらみずき。クラスも性格もバラバラの三人。


「お疲れ様。もしかして三人ともクラスの準備、終わったのか?」

「うーん、多分終わってるんじゃない?」

 佐藤は曖昧に返事をした。

「多分って……」

「文化祭前の生徒会ほど多忙な部はねぇんだよ! 一回も教室に戻っれた試しがねぇ」

「それを言ったら私だって、同じようなものだと言えるだろう」

「はぁ? 科学部と一緒にすんなよ、科学部の変な展示物の飾りつけとは比にならんわ。天と地の差だ」

「変ってなんだ変て! 世界がうらやむ革命的な発明だぞ!?」

「あんなもんガラクタだ、ガラクタ」

「はぁ?」

「あぁ?」

 佐藤と木部の喧嘩――もといじゃれ合いが始まった。

「まぁまぁ、佐藤くんも木部くんも頑張ったのは同じなんだから、ね? 仲良くしよ」

 その様子を見て、華厳原がすぐさま仲裁に入ると、二人は「まぁ、確かに……」「それもそうか」とすんなりおとなしくなった。

 華厳原の癒し効果には誰一人も敵わないということだろう。

「……そう言う華厳原は何をやってたんだ?」

「ぼく? ぼくは明日の劇のリハーサルしてたよ!」

「あぁそうか、演劇部はステージで発表会があるもんな……。で、何の演目をやるんだ?」

「えーっと、去年は先輩達が『アルプススタンドのはしの方』をやったらしくて、だから、今年は海外の作品をしようって話になったんだ。それで、今年は『ロミオとジュリエット』をやることになったよ」


「ほぉ、となると華厳原みずきは……ロミオ、ですな!」

 木部は謎にドヤ顔でそう言った。

「え! なんでわかったの!? 凄いね木部くん! このことを聞いた人のほとんどがジュリエットって言ってたのに……」

「私的に、ジュリエットのイメージが細くて華奢だけど勇敢な男だったから、多分それでそう思ったのかもしれんな」

 木部は吟味するような様子で華厳原を眺めてそう言った。


「なぁなぁ、神木ちょっといいか?」


 そんな二人の様子を眺めていると、佐藤が肩口をちょんちょんと叩きながら小声で喋りかけてきたので、こっちも小声で対応する。

「どうしたの」

「なぁ、ロミオとジュリエットって……なんだ?」

 どうやら佐藤は知らなかったらしい。

「ウィリアム・シェイクスピアっていう、劇の為のお話を作る劇作家の人が創った作品だよ」

「へぇー……有名なのか?」

「そりゃあ、まぁ誰しもが知ってるに近いぐらい有名だと思うけど……」

「そうなのか……じゃあ良かったわ、今知れて」

「そっか、それなら良かったね」

「あぁ、また一歩博識に近づいちまったよ……」

 佐藤はそう言って、実感を味わうようにうんうんと頷いた。

 自分にはそれが、ポジティブなのかボケなのか見当がつかなかった。

 ……多分、ポジティブか。


 それから、みんなと昼食をとり、さっきの延長線的な話をだらだらとしていたらいつの間にかお昼休みを終えるチャイムを聞くこととなった。


 キーンコーンカーンコーン……。


「じゃあ、各々の作業に戻りますか」

 佐藤のその言葉と共に、順々と三人は美術室から出ていく。

 それぞれクラスが違うので、解散の後は誰も彼もバラバラになるのだろう。


「……」


 三人が美術室から出ていった後、さっきまでの騒がしさを際立たせるかのような、わざとらしい静寂が教室に広がっていた。


 さて、やりますか。


 机に散らばっていたゴミを片付ける。

 すると、自分のクラスの手伝いに行っていた部員の数名がちらほらと帰ってきた。

 黒板には目をやれば文化祭当日の展示の際のパネルやイーグル、椅子などを置く位置や飾り付けの指示が書いてある。

 すると、美術室準備室から顧問の先生が出てきて、

「さぁ、午後からは展示の準備だからねー! ほら、頑張れ頑張れ!」

 そんな、手放しで励ます先生の音頭を合図と共に、我々は動き出す。

 ――さて、準備開始だ。

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