第18話 最終話

真夏の海は活気があって、そこにいる人達はみんな楽しそうだった。


日差しが強くて、じっとりと汗が出てくる。背中の帯へ刺していた水うちわを取って、少しミネラルウォーターで濡らして仰いでみる。とても仰ぎやすいし、少しひんやりとした微風を作れて涼しい。


2人で水うちわを使いながら、出店を見て回った。


「おれは帰りの運転があるけど、充生はビール飲んだら?クランクアップのご褒美だし。」


「えー、悪いよー、、でも、、誘惑には勝てないかも!!一本だけ!」


ニコルはサイダーを買って、あとはビールや焼き鳥、焼きそば、焼きトウモロコシなどたくさん買って、砂浜にニコルが持って来てくれたピクニックシートを敷いて座る。 


ビールをひとくち飲んだ。


「はぁー、美味いー!」


「ドラマクランクアップおめでとう。充生、お疲れ様。」


「ありがとう。ニコルが支えてくれたから頑張れたよ。」


「俺は何もしてないよ。」


「ニコルと電話したり、連絡取り合ってたから、頑張れたんだよ。無事に最後までやり遂げて、ニコルに早く会いたいってずっと思ってた。」


「俺もずっと充生に会いたかったよ。」


お互いがお互いを求めているのが分かった。


でもここは我慢して、焼き鳥を頬張る事にする。海で食べる物は何でも美味しく感じる。


凄く人で混雑しているけれど、砂浜は広くてまだまだ余裕があった。


こんなキラキラした空間に俺が居るなんて、引きこもりの期間には夢にも思わなかった。


あの頃は、部屋にこもって、今まで俺に関わっていた全ての人達の嫌な面をクローズアップして、1人1人を徹底的に嫌う事をエネルギーにして、何とか日々生きていた。


ずっと腫れ物に触るかのように俺に接触し、毎日食事を作ってくれていた母だったが、ある日家の階段を踏み外して、足首を骨折してしまった。


手は使えるので、料理などのだいたいの家事はこなせるが、買い物とか重いものを運んだりが出来なくなった。


父は仕事へ出てしまうので、仕方なく俺が買い物などをするしかなくなった。


久しぶりに外へ出て、歩いてスーパーやドラッグストアへ行く。


町には人がたくさんいて、みんなが思い思いに行動していた。みんな自分の事で忙しそうで、誰も俺を嫌っていない。言ってしまえばみんな無関心だった。


何だか楽しくなって来て、本屋へ立ち寄ったり、カフェで1人でコーヒーを飲んでみたりした。


そのうち、服や身の回りの物を買ってお洒落も楽しめるようになり、映画を観に行ったりも出来るようになった。


やがて時間を持て余し始めて、お金も必要なので、あれこれバイトをするようになった。なるべく人と関わらずに働ける仕事。マスクをして顔を晒さずにいられる仕事。


合わないなと思ったら、すぐに辞める事を決めていた。無理はしない。


やがて少し親しくなった人には、顔も見せれるようになった。


バイト先の女の子とも少し付き合ってみたりしたけれど、キスをしてみても華奢な体を抱きしめてみても、欲望が湧いてくる事が無くて、プラトニックな関係を続けていたらみんな離れて行った。


10代で芸能事務所へ入って、24歳で事務所を辞めるまで、恋愛なんてするチャンスが無かった。だから恋愛が苦手なのかも知れない、と納得するしかなかった。


そんな時にニコルに出会った。

何だか気になってしまって、つい姿を目で追ってしまう。何か話しかけられるとドキドキしてしまう。


今思うと、初恋だったんだ。


今までのいろいろな困難は、こうしてニコルに出会う為に、俺に降りかかって来たのかも知れない。


そして美香さんと再会し、また芸能事務所に所属する事になった。


久しぶりのドラマの仕事は充実していて、今までに経験したどんなバイトよりもやりがいを感じる事が出来た。


これからもいろんな事があるだろう。


嫌なことは嫌だと言い、自分のやりたい事を大切にして生きていこうと思えた。


そのためには多少の事では心が折れないように、強くなりたい。



急に音楽が鳴り響いた。


我に帰ると、辺りはだいぶ薄暗くなって来ていて、海風が涼しくて心地いい。


壮大な音楽と共に花火が打ち上がった。


「花火って、こんなに綺麗だったっけ?」


思わず呟いてしまう。


「凄いねー!」


ニコルも珍しく感嘆の声を上げる。


目の前の空に打ち上がるキラキラした光の粒に心が震えた。


花火は惜しげもなく次々に空を彩って、儚く散って行った。



音楽が一瞬鳴り止む。



「ニコル、ずっと一緒にいてくれる?」



ポロッとこぼれ出た言葉だった。



「もちろんだよ。


充生、ずっと俺と一緒にいてくれる?」



ニコルが真剣な瞳を向けてくれる。



「もちろん。」



俺は愛しい恋人を見上げて言った。



「またこの海へ来ようね、何度でも。」



花火も小休止で、辺りが暗くなったので、ニコルにそっと近づく。ニコルも俺の方を見た。



そっとお互いの唇を合わせた瞬間、



花火のクライマックスが始まってしまった。壮大な音楽と共にたくさんの花火が連続で打ち上がり、空も辺りもパーっと明るくなる。



慌てて2人は離れた。



お揃いの浴衣に、お揃いのうちわを背中の帯に刺した2人の後ろ姿は、誰がどう見ても幸せなカップルにしか見えないとは知らずに、、






完結






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俺はお前にキスされたい ソイラテチーズケーキ @soylattecheesecake45

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