第17話 ドラマ撮影
「初めまして、松田充生です。よろしくお願いします。」
「あ、フルアウトの堀勇輝です。よろしくお願いします。」
結局、俺はBLドラマの仕事を受ける事にした。今日はダブル主演の勇輝くんと顔合わせ。勇輝くんはロックバンド、フルアウトのメンバー。俺と同じ26歳。
勇輝くんはバンドでドラムを担当しているけれど、一度ドラマに出たら人気が出始めて、俳優業もこなしている。
派手な茶髪で、切れ長の涼しげな目元のイケメンだ。
最初はロックバンドのメンバーなんて、仲良くなれるかなぁと不安だったけれど、会ってみたら礼儀正しくて安心した。
初めニコルは、BLドラマという事実にあまりいい顔をしなかったけれど、原作の漫画を読んで気持ちが変わったみたいだった。
「これ、充生がやるの見てみたいな。」
そう言ってくれて凄く嬉しかった。
撮影は、地方で行われる。
俺はスケジュールを空けるために、ホテルの清掃のバイトは辞める事にした。
1ヶ月くらいの撮影期間、ニコルとは遠距離恋愛だ。
「充生の撮影が終わる頃、ちょうど花火大会のシーズンなんだ。ドラマのロケ地から少し離れた海岸で花火大会があるみたいだから、もし撮影スケジュールに変更が無かったら一緒に行かない?」
「わー、いいね!楽しみにしてる!」
そして俺は撮影に追われる日々に突入した。
ニコルに毎朝おはようメールを必ず送って、撮影が終わって電話で話せそうな日は少しだけ話した。
俺は、田舎にある美容院で働く美容師の役だったので、腰にハサミや櫛が沢山入ったウエストポーチをつけて、スムーズに髪を切る練習を何度もした。いつもやっている動作に見せる為に、なるべく慣れたくて、マンションへ戻ってからも鏡の前に立って、カツラをカットして練習した。
「充生くん、凄いねー!本当の美容師さんみたい。」
「ほんと?ありがとう!」
本番前に練習していると、勇輝くんが褒めてくれて嬉しかった。
勇輝くんはお客の役。初めての勇輝くんの来店で、2人共、恋に落ちる。
そして2人を取り巻く町の人々に温かく見守られながら、2人が愛を育んでいく話だ。毎回、ゲスト俳優さんが出てストーリーに刺激を与えてくれる事になっている。
撮影の合間も、メイキングを撮るカメラが回っていたり、SNSへの投稿の為に、勇輝くんの所属するロックバンドの曲をかけて勇輝くんと俺の2人で踊ってみたり、何かと忙しい日々だった。
とても充実していて、楽しい撮影期間。
でも、勇輝くんと何度かラブシーンを撮るたびに、ニコルの事を考えてしまう。
それはニコルにも勇輝くんにも申し訳なくて、少し後ろめたい気持ちになった。
ニコルに会いたいな、、。
撮影最終日。
「ずっと一緒にいようね。」
勇輝くんが最後の台詞を言った。
「うん。、、この部屋の窓から、この町が夕日に包まれていくのを、ずっと一緒に見守っていきたいな。」
俺も最後の台詞を、大切に心を込めて言った。
勇輝くんがにっこり微笑んで、俺を引き寄せてキスする。
しばらくカットがかからないので、2人で見つめあい、微笑みあって、またキスしてみる。
そこでカットがかかった。
一気に張り詰めていた現場の空気が解けて、スタッフさん達が集まってくる。
勇輝くんも俺も、大きな花束と、撮影に使ったお揃いのエプロンとマグカップを綺麗にラッピングして渡された。
2人で向かい合って握手する。
「勇輝くん、短い期間だったけど凄く楽しかった。ありがとう!
また一緒にお仕事出来たら嬉しいな。」
と俺から伝えた。
勇輝くんも、
「充生くん、俺も一緒に仕事が出来て嬉しかったよ。しばらく充生くんロスになりそうだー!!
このドラマが当たってシーズン2を撮る事になりますように!!」
「そうだねー!そうなったら嬉しいなぁー!」
スタッフや共演者と写真や動画を撮ったり、コメント撮りをしたり、しばらく現場に居たけれど、何とかニコルとの約束の時間ぎりぎりにマンションへ戻れた。
ニコルがマンションの来客用駐車場で待っていてくれた。レンタカーを借りてこの町まで高速道路を使って来てくれたんだ。
「充生!」
「ニコル!!」
ニコルが車から出て来た。
浴衣を着ている。
お揃いの浴衣を一緒に選んで買ったんだ。
ニコルのはブラウン地の楊柳浴衣でベージュの帯。俺のは紺色の楊柳浴衣で水色の帯だ。
俺の浴衣は部屋のハンガーに掛けたまま。
ニコルにぎゅーっと抱きしめられる。
時間も無いので、名残惜しく2人とも体を離すと、2人で一度部屋へ上がって、俺は浴衣に着替えた。ニコルが手伝ってくれる。
そして、花火大会のある海岸へ向かった。
マンションから車で40分くらいの海岸だ。
久しぶりのデートで、胸が高鳴る。
いつの間にかもう夏真っ盛りで、夕日に煌めく海ではたくさんの人々が泳いだり浮き輪で浮かんだりしている。
砂浜には、花火を見るために敷物を広げて場所取りをしながらビールやお摘みを楽しんでいる人々。
海岸は夏の熱気に溢れていた。
つづく
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