第14話 マネージャーからの電話
夢のような一泊旅行をしてから、毎日が幸せでいっぱいになった。
ホテルの清掃の仕事が終わったら、ニコルのダブルワークのバイト先である手羽先屋へ顔を出す事も多くなった。
「あ、充生、お疲れ様。」
手羽先屋へ入って行くと、ニコルがテーブルを拭いている。
「ニコルもお疲れ様。」
青のバンダナがきりりとした綺麗な顔をより際立たせている。
「はい、いつもの。」
生ビールとオリジナル手羽先を出してくれる。
「ありがとう。」
「充生くん、いらっしゃい!」
店長のマサさんだ。すっかり顔を覚えられてしまった。
「充生くん、今日も可愛いねー。俺、充生くんなら彼女にしたいわー。」
「ははっ、彼女って!俺は男なんで!」
店長はバツイチ。高校生の娘さんと、月に1回面会することを楽しみにしている。
「店長、ダメですよ。コイツは俺のなんで!」
ニコルが俺の肩に手を置く。
ブワァーっと俺の顔に熱が集まる。
「ニコル!」
「分かってるよー。充生くんはニコルのお気に入りだもんなー。」
「はいはい。じゃあ店長は厨房へ戻って下さいね。」
ニコルに背中を押されて、店長が厨房へ戻って行く。
「充生くん、ごゆっくりー。」
手羽先屋もだんだん混みだすので、俺も店を出て家へ帰る。ニコルは深夜0時まで働くのだ。
1人で帰るのは少し寂しい。
電車で最寄駅へ着いて、公園の中を歩く。
その時、俺の携帯電話が鳴った。
ニコル?
携帯の画面を見ると、思いがけない人からだった。アイドルをしていた頃のマネージャー。2年くらい会っていないし、話してもいない。
「充生くん?ごめんね、急に。、、あのさ、近々会って話せない?」
「美香さん、どうしたんですか?」
「あの時は守ってあげられなくてごめんなさい。、、私あれからすぐに事務所を辞めて独立したの。今まで2年間頑張って来て、事務所を何とか軌道に乗せることが出来てきたと思ってる。
充生くん、うちの事務所に来てくれない?
充生くんにやってもらいたい仕事のオファーがあるの。」
俺は暗い公園の遊歩道で立ち尽くした。
あの時の記憶が蘇って来る。
あれは2年前、俺は売れないアイドルグループに所属していたけれど、どうにもならなくなって、グループは解散した。
それでも俺は事務所に残って、単独で活動をしていた。
その日は舞台の仕事をしていて、千秋楽と言って、3日間続いていた公演の最終日だった。
公演が終わって、着替えを済ませて帰ろうとしていると、舞台のプロデューサーが近寄って来た。
「充生くん、お疲れ様。ちょっといい?」
「はい。」
プロデューサーは俺より背が低くて小太りの60代の男だった。今回の舞台の主演の若い男性アイドルと出来ているという、噂どころか周知の事実だった。
「あのさ、この公演の中国での追加公演が決まったのよ。良かったら出てくれる?」
「え?!本当ですか?嬉しいです!よろしくお願いします!」
「うん、良かった!よろしくね。ところで充生くんって、今どこに住んでるんだっけ?」
「えっと、、?」
「今度遊びに行かせてよ。」
プロデューサーは俺の腰を引き寄せると、俺の尻をギュッと掴んで来た。
「ははっ、充生くんのお尻触っちゃった!
また電話入れるね。お疲れ!」
嫌悪感しか無かった。
マネージャーの美香さんがやって来たので、そのまま事情を話した。
美香さんはいろいろ動いてくれて、中国での追加公演の話は無くなった代わりに、俺の仕事は急激に減少した。
例のプロデューサーが、俺の舞台での演技の酷評をあちらこちらで言いふらしているらしかった。
仕事へ出向くと、だいたいの事情を察知している業界の人達から、同情の空気を感じる。
一部の人達は、もう俺とそのプロデューサーが関係を持っていて、別れ話が拗れたと勘違いしているようだ。
俺は心が折れてしまった。
仕事中に眩暈に襲われて倒れてしまった。ストレスによるものだった。
事務所へ最後の挨拶へ行った時、美香さんは泣いていた。
「充生くん、ごめんね。私が上手くやれなかったせいで、、。あんなに演技の仕事を頑張ってたのに、、。本当にごめんなさい!」
「いえ。俺が弱いんです。今はどうしてもこの世界から離れたくて。すみません。今までありがとうございました。」
暗い公園のベンチへ座る。
「美香さん、俺はまだ完全に復活出来ていません。でも、美香さんには感謝の気持ちしか無いです。久しぶりに会って、話はしてみたいかな。」
「ありがとう!話出来るだけでぜんぜん嬉しい!久しぶりに充生くんの顔を見たいわ。」
結局、3日後の俺の仕事終わりに会うことになった。
つづく
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