第6話 現実のキス

「最悪だ、、。」


順調に清掃作業を進めて、今日も30分残業くらいで終われるかなぁと思っていた矢先、最後の客室へ入ると、大量のゴミの山。


最近こうゆう事多いんだよなぁ、、。


まだ少ししか使っていない、いろいろな種類の洗剤類のボトルが何本か。開けてもいないお菓子の数々やジュースのペットボトル。飲みかけのお酒のボトル。開いていないビールの缶。冷蔵庫の中にも、開けていないヨーグルトやプリン。ベットの下にも、靴の空き箱が押し込んである。


いったいどんなお客なんだ。


勿体無い。


こういったゴミは、ゴミとして捨てる事が出来ない決まりになっている。


まとめて袋に入れたら、メモに今日の日付と客室番号、清掃者の名前を書いて、袋へ同封して、ホテルの警備室へ運ぶ。


警備室でしばらく保管するそうだ。食べ物や飲みかけの飲料は警備室の冷蔵庫で保管するらしい。


沢山の手間がかかるので、今日は1時間残業かなぁ、、と余計に作業のスピードが落ちる。


すると、ニコルが客室へ入って来た。


「これは大変だね。俺はもう今日の仕事は終わったから手伝うよ。」


「え?いいの?」


自分の仕事が終わったらさっさと帰るのがいつものニコルなのに、珍しい。


「もちろん。」


そこからのニコルの仕事ぶりは見事だった、本当に。


まずはゴミを手際良く仕分けると、先に警備室へ届けに行ってくれた。それだけでもう帰ったかな?と思って、洗面台でグラスにこびりついた赤ワインをこすり落としていると、ニコルはすぐに戻って来て、俺が剥がしておいた使用済みのシーツ類を抱えて客室を出て行き、新しいシーツ類を持って戻って来ると、あっという間に綺麗にベットメイクを終えていた。


本当にあっという間で、俺だったらベットの周りを何周もして、シーツのあっちを引っ張ったりこっちを引っ張ったりして、何とか綺麗にシーツをかけるのに、シーツがニコルの言うことを聞いているかのように、一度パッと開いたシーツを、ベットの四隅へサッサッと挟み込んだら、もうピシーッとシワひとつなく綺麗にシーツがかかっていた。そして、掛け布団のカバーも、カバーの1つの隅に布団を入れ込み、バサバサと何回か振るともう大体布団はカバーの中に大人しく入って行き、ベットを壁際にグッと押して布団の足元の方を何度か引っ張ると、魔法のように綺麗にベットが整えられていた。


こ、これは早い。


その後も、ニコルの仕事ぶりを見ていたら、ニコルがいつも仕事を定時に終われるのはきっと手抜きをしているんだろう、と他の清掃員達が噂していたのは間違いだったんだと、思えた。


とにかく手際が良くて、仕事が早いんだ。


「ニコル、凄いね。魔法のように仕事が早いよ。」


感嘆の声を上げると、ニコルが最後にトイレットペーパーを三角に折ると、


「後は掃除機だけかな。


俺はこのホテルへ来る前も別のホテルで清掃の仕事をしていたんだよ。ちょっと仲間うちでいざこざがあって辞めたんだけどね。


そんな事より、、」


ニコルの長い腕が伸びてきて、俺の手首を掴んで引っ張る。


まるで正夢のように、俺はユニットバスの壁に背中を押しつけられていた。


ニコルは扉を閉めて鍵をかける。


「手伝ったご褒美が貰える?」


ニコルの顔が、ち、近い!


「ご褒美って、、。」


ニコルが俺のマスクを両手で外すと、自分のエプロンのポケットへ押し込んだ。


俺の唇をじっと見つめながら、右手の人差し指で俺の唇をなぞる。


「充生、キスしてもいい?」


「えっと、、あ、あの、、。」


どうしよう、、。


嫌じゃない。


でも、、どうしよう。


「無理にはしたくないんだ。嫌ならやめるよ。」


ニコルの人差し指が、俺の唇から離れた。


「い!嫌じゃない!」


俺は俺の唇から離れたニコルの右手を掴んだ。


「俺はお前にキスされたい。俺はずっとニコルにキスされたかった!」


そう言った瞬間に、俺が掴んでいたニコルの右手に力が入り、そのまま俺の左手を壁に押しつけると、すくいあげるようにして、ニコルの形のいい唇が俺の唇に重なっていた。


ニコルの左手が俺の頬を掴み、何度もキスされる。


俺は足に力が入らなくて、崩れ落ちそうになった。


あ、ヤバい、、立っていられない!と思ったら、ニコルの膝が俺の両足の間に入って来て俺が崩れるのを支えてくれた。


ニコルは両手で俺の頬を包み込むようにして、何度も何度も唇を重ねてくる。


すごく気持ち良くて、頭がぼーっとして、ニコルに全てを委ねてしまう。


ニコルは一瞬唇を離して、俺の顔をまじまじと見つめた。


「なんて顔してるんだ。このまま食ってしまいたいよ。」


「ニコル、、。」


また俺たちの唇が重なる。


体が熱くて、2人とも額に汗が浮かんでいた。


あぁ、気持ちいい。


ずっとこうしていたい、、。


だけど、もう流石に事務所へ降りないと不審に思われるだろう。


ニコルが鍵を開け、2人ともユニットバスの外へ出た。


急に現実の世界へ舞い戻る。


急いで掃除機をかけようと、掃除機のコードをコンセントへ差し込んでいると、ニコルが自分のエプロンのポケットから先ほど外した俺のマスクを取り出して、俺の顔にマスクを付けてくれる。


「充生。来週の水曜日、2人とも休みだけど、デートしてくれる?」


綺麗な顔が覗き込んでくる。


「もちろん。」


ドキドキしながら答えた。


「ありがとう。」


ニコルはそのまま客室を出て行った。


俺が掃除機をかけ終わって、事務所へ戻ると、もうニコルは帰ってしまった後だった。


手羽先屋の仕事へ行ったのかな?


定時を40分程過ぎていた。


俺はもうニコルに会いたくて、会いたくて堪らなかったけれど、でも手羽先屋の前を通り過ぎて家へ帰った。


水曜日まで待てるかな。


キスした唇がもう寂しくて、またニコルの唇に触れたくて堪らなくなっていた。




つづく






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