第六章 砂塵の月光
第1話
「おはようございます、ベアさん、サン」
「おはようネク、今日はまたちょっと寝坊助さんね」
「おはよー!」
下宿にしている宿屋の階段を降りたネクは、家主のベアとその娘のサンに挨拶をしながら朝食の席に着く。軽く炙ったパン風形成食品と、卵焼きを食べていると、ベアが「そうそう」とネクに話しかけてきた。
「ネク、知ってる?
先日から『
「え、本当ですか?!」
ネクは驚いて声を上げる。
『行商人』というのは、都市と都市の間を移動して商売を営んでいる人たちの総称だ。
旧世代より以前は、都市や地方によって、あるいは国という単位において分業化が行われていた。農業が得意なら農業を、畜産なら畜産を、工業なら工業を営み、それぞれが互いの得意な分野で製造した商品を売買・交換することで全員が豊かになるという仕組みで、最も効率がいい方法だと思われていたのだ。その際に実際に物資を運搬し、契約をとりつけて、売買を行っていたのが行商人と呼ばれる人たちであった。
しかし、この時代において、都市は基本的に各自独立しており、その都市単独で生計がたてられるように設計・運営されている。
それ故かつてのように、各都市に得意な分野とかそういったものはなく、わざわざ取引をしなくても自力で生存できるため、基本的には都市同士で交流を持つこともなく、その間に商売が行われることもない。
これは、世界が砂漠化し有害なガスが漂うようになり、ただの移動でもコストがかかるようになったことにも起因するが……。
だがしかし、人はパンのみにて生きるにあらず。
独立性が高いが故、酒や娯楽品など独自の発展を遂げることも多く、そういった物資はやはり別の都市では高く取引されるのだ。
「ネクならそういうの、好きかなと思って」
「はい、もちろん行ってみます!」
当然、そういった見知らぬものが好きなネクが興味を示さないはずがなく。
ネクは急いで朝食を食べ終えると、行商が屋台を出している市場へと足を向けた。
「あ、ネクさん!奇遇ですね」
「アルマさん、こんにちは。今日は非番ですか?」
「ええ、そうよ。折角行商が来ているんだから、一回くらいは見てみないとね」
ネクは偶然、ギルドの受付嬢であるアルマと出会い、彼女と2人で市場を回っていた。
普段は食品類の屋台が並んでいる場所は、今日は許可を得た行商が店を出しており、物珍しさからいつもよりも多くの客が訪れていた。
「変わったお酒ね、こっちでは見たことがないわ」
「そうなんですか?僕はお酒は飲まないので分からないんですが……」
「あら残念、まだ若いのね。あ、それなら飲めるようになったら、お祝してあげる」
屋台の一か所で酒瓶を手に取りながら談笑する2人だったが、行商人のドワーフの男性がアルマを見ると、ふと表情を変える。
「失礼、お客さんは冒険者ギルドの人かい?」
「あ、ええ。そうですが……」
「そうか、実はちょっと相談したいことがあるんだがなあ……」
困ったような表情を浮かべる行商人の様子に、ネクとアルマは目を合わせた。
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