第3話

アードルフの店を出たネクは、公共車両に乗って二時通りに移動した。

先ほどまでいた十時通り付近が居住区や商業区であり、こちらは工業区だ。

車両を下りると、周囲から工場が駆動する機械音や合図を取り合う人の声などが響き渡る。

先ほどとは違い人数は多くはない。

ネクは目的地……冒険者向けのパーツや装備を製造販売している工房に向かった。

いくつかの路地を抜けた先にある、大きな工場の合間を縫って建てられた小さな建物に足を踏み入れる。

何に使うかわからない機械類が所狭しと並べられ、壁一面に取り付けられた棚からはコードや機材がいくつも飛び出している。

工具や何かの設計図らしいものが床に積まれており、足の踏み場さえも見えない。



「こんにちは、チェス、いるー?」

「あ、ネク。もう来たのね」


ネクが尋ねると、その機械で出来た山の奥から若い女性の声が返ってくる。

それらの隙間を縫うようにして、チェスは器用にネクへ向かってきた。



「相変わらず汚いなあ。ちゃんと掃除しているの?」

「どこに何置いてるか解ってるからいーの。それより、冒険者になれたの?」

「勿論!報酬もしっかりもらえたよ!」

「おー!おめでとう!やった、これで貴重な資金源が確保できたぞぉ!」


チェスは実に嬉しそうに頷きガッツポーズをして見せた。

遮光ゴーグルにタンクトップにジーンズ、その上から羽織っている、油汚れが目立つ厚手のエプロン。彼女はネクの幼馴染にして、冒険者向けのカスタマイズパーツを作成している技術者である。

需要の高いパーツは大手企業が販売しており、質の良いものから安価なものまで揃っている。

逆にあまり需要のない部分の改造については、こういった個人に頼むのが一般的だ。



「資金源って、お前なぁ」

「いやほんと!マジで全然依頼なくてこのままだとお店畳まないといけなかったから!」

「でも、僕もカメラ以外は別に……」

「武器とかも全部オーダーメイドしよう?!ね?!今後とも贔屓にしてお願い!アフターサービスもするから!」


縋りつくチェスにネクは苦笑いをする。

個人でやっている技術者は、当然ながら既に有名な者が何人もいる。

彼女のように、若くて新人の人間に頼もうとする者は、そうそう居ないだろう。

本来なら企業なり、そういう技術者の弟子として働いてキャリアを積むものなのだが……。



「ロボットに搭載するカメラはバッチリ用意しておいたわ!

 聞いて驚きなさい、あのテック・タータ社の記録用カメラより解像度が高くて、さらに電力消費量も1/3!倍率調整も可能よ!ついでに演算装置もつけておいたから射撃時の補正もバッチリ!」


厄介なことに、彼女は才能に満ち溢れていた。

個人技術者どころか、下手な企業製品よりも高い品質のものを作り上げてくる。

そして彼女自身も自分の能力を理解しているが故、自分よりも劣った相手の下につくのが我慢ならないのだ。

それなりに付き合いは長く、彼女の一端くらいは理解していると自認するネクは、ため息を吐きながらも、彼女の懇願を受け入れるほかなかった。

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