第二章 砂塵の都市

第1話

嵌め殺しの窓から朝日の光が入り込む。

それは幾ばくかの調度品だけが存在する白く質素な部屋を照らし、ベッドで寝ていたネクは「ううん」と呻き声をあげながら上体を起こす。

身体を伸ばし、そして目を擦りながら窓を恨めし気に眺めていた。


「もう朝か……寝すぎたかな」


2階にある自室を出て階段を下りる。

共同の洗面所で顔を洗い、その足で食堂へと向かった。

こういった共同住宅は大抵、入り口が食堂になっている。

朝食の時間にはもう遅いためか食堂にいる客の姿はなく、食器類を片付けている物音が厨房から聞こえてきた。


「おはようございます!」

「あらネク、おはよう。今日は遅いわね」

「ええ、すみませんベアさん、ちょっと寝すぎちゃって」

「いえいえ、そういえば冒険から帰ってきたところだったものね、仕方ないわ」


厨房から出てきたのは地厚のエプロンを着た女性だ。

女性ながら身体つきががっしりしており、ともすれば男のネクよりも力がありそうに見えるほど腕が太い。

伊達に女手一人でこの食堂と共同住宅を切り盛りしているだけはある。


「朝ご飯は食べる?残り物になるけれど」

「あ、お願いします」


食用藻を発酵させたパンに卵と合成肉の欠片を焼いた朝食を食べ、藻珈琲を飲み干すと、ネクは食器をベアに返しに向かった。


「ごちそうさまでした」

「ありがとう、今日は出かけるんでしょう?」

「ええ!給料も入りましたし、市場を見てこようと思います。冒険者ギルドにも寄らないといけないですし」

「そうね、もう冒険者になったんだものね」


にこりと笑いながらベアは頷く。

すると、たたた、と軽い足音が聞こえてきた。

ネクがそちらに目を向けると、小さな少女が駆け寄ってきている。


「ネク!おはよう!」

「おはよう、サン。今日も元気だね!」

「うん!サン、げんき!」


4歳になるベアの娘の頭を撫でながらネクは微笑みかける。

くすぐったそうに頭を押さえてきゃあきゃあ、と屈託なく笑う彼女から手を離し、ネクは「さて」とベアに向き直った。


「じゃあそろそろいってきます、16時くらいには戻ってくると思うので、お夕飯はお願いします」

「わかったわ。今日はネクのお祝いに鶏肉でステーキにしましょう!」

「本当ですか?!やった!」


思わずガッツポーズをするネクのズボンの裾を、サンがちょいちょいと引く。


「ネク、でかけるの?」

「うん、サン。お母さんの言うことをちゃんと聞いて待っててね」

「すぐ帰ってくる?」

「勿論、お土産も買ってくるから、楽しみに待っていてね」

「うん!」


頷くサンに、ネクはバイバイと手を振って、食堂のドアを開けた。

日が高くなってきた街並みは、風にふかれて微かに砂が舞い、人が雑多に行き交っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る