第10話
「今回の冒険の成功を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ジョッキの重なる音に続けて、中身の酒を嚥下する。
醸造酒に似せた風味をつけた琥珀色の合成酒は、しかしそれを感じさせない旨い苦みで口腔を満たす。
ベリは一息に飲み干すと、「あー」と声を上げてジョッキを机に置いた。
ロッグやルガもゴクゴクと飲んでいる。
飲み慣れていないネクだけは、何度かジョッキから口を離す必要があったが。
「あーやっぱ、このために生きてるわ」
「大げさだな」
ベリとルガの会話も、周囲の喧騒の中に消えていく。
この「ヘミングウェイカクテル」という名前の酒場は結構な人気があるようで、他にも冒険者風の身なりのグループや、街民の労働者も多く居た。
店の規模はそれなりに大きく、テーブルはほぼ埋まっている。
ひっきりなしに注文を呼びかける男の声が響き、ときおり女の声も聞こえた。
胸元の開いた衣装にエプロンを纏った女性が給仕をし、酔った男客が手を伸ばそうとすると、厳つく屈強な男性給仕が割って入る。
飲み比べやちょっとした喧嘩は日常茶飯事だが、度が過ぎなければ注目を集めることもない。
ネクは初めての光景に目を瞬かせていた。
冒険者にとっていつもの光景であっても、新人である彼の目にはすべてが新鮮だ。
「今回の稼ぎはどうすんだ?」
「機体のオーバーホールだ。装備も変えたい。アイアンハート社の新モデル突撃銃も気になる」
「俺はメンテナンスした残りは貯金かな……いや、ゲーム用の端末をそろそろ買い替えるか」
「好きだねぇ、ゲーム。現実のセクサイロイドの姉ちゃんも良いもんだぜ?」
「ほっとけ」
ベリの質問にロッグとルガが答える。
彼らの言う金の使い道は概ね、冒険者としてはよくある使い道だ。
冒険者という仕事は、安定しないし命の危険もあるが、当たれば儲けが大きい。
次の冒険のために機体の強化をする者もいれば、英気を養うために娯楽に費やす者も多い。
「ネクはどうするんだ?」
ベリがネクに尋ねる。
ネクは中々減らないジョッキの酒に悪戦苦闘していたが、ベリに尋ねられてそれを置いた。
「ええと……そうですね……
まず、レンタルの機体を買い取って、それをオーバーホールして……」
「ああ、そういや新人は機体レンタルだったな」
ベリが言い、ルガもそうだったな、と言わんばかりに頷く。
新人の冒険者は、機体を冒険者ギルドより貸出を受けるのが基本だ。
型落ちではあるが街民が買うには高い物なので、まずそうやって金を稼いでから機体を購入するのだ。
「そうです、それで、それが終わったら……機体に撮影装置を取り付けたいんです」
「撮影装置?」
首をかしげる3人に対し、ネクは頷いた。
「廃墟とかもそうですが……街の外の様子を記録していきたいんです。
まだ見ない場所とか、風景とか、とても気になるじゃないですか。
旧世代の人たちが見てきたものを、僕も見てみたいんです」
そして、ネクは屈託のない笑顔を浮かべたのだった。
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