第5話 三人目
五月原 切理子は昼に食堂にいると、前方から誰かが近づいてくるのに気づいた。
この足音は聞き間違えようがない。
この場で同じところにいるのは偶然かと思っていたがまっすぐこちらに向かってくるので、切理子を探していたのだろう。
「よぅ」
久留儀 勇は何も言わずに切理子の向かい側の席に座る。
「何か用?」
「いいだろ。昼を食べるぐらい」
「そうね。でも用事がないなら話しかけないでくれる」
「じゃあ用事があるとするならいいのか?」
「……」
「模擬戦のこと。結局戸依さんに協力することになっちまったなぁ?」
無言で勇の顔を見る。視線をものともせずに、勇は不敵な笑みを向けていた。
「分かりやすい方法を選択したはいいが、五月原にしてはしくったな」
「私だってそうなるときもある。それにまだ本当に戸依さんの思う通りになるとは限らない」
「どういうことだ?」
「私が負けたらチームに参加するとまでは決めていた。でもチームを作るには少なくともあと二人は必要になる。
つまりまだ戸依さんのチームが結成されるかは決まっていなく、そして私が捜索に復帰するかも定かではないの。
もしかしたらこのまま残りのチームメンバーも集めきれずに時間が過ぎていくかもしれないわね」
すました表情で切理子はいうと、予想に反して勇は彼女の言うことに肯定も否定もできないというような難しそうな顔をしていた。
「五月原……」
「なによ」
「お前の考え通りになる確率が高いのは間違いない。けれど戸依さんをそろそろ理解したほうがいいのじゃないか?」
「どゆこと?」
「あの子に関していうなら、五月原の意図から外れるように世界が動いてしまう。五月原の予想に反して模擬戦で負けただろ? そして今そう思っていると、きっと違う結果になるぜ」
「分かったようなことを言うじゃない」
勇にしてみればただの冗談だったのかもしれないが、その言葉は驚くほどに切理子の胸の中に染みていった。確かに説明できない力によって自分を『門』の向こう側へ行かせようとしている。そういう流れの中にいるのはうすうす感じていた。
「とにかく俺の勘はそう言っている。今頃もう一人くらい勧誘に成功しているのかもしれないな」
「つまりどうあっても私は捜索にでるということね……あなたを肯定するつもりではないけれど、それを拒否するわけではないから」
「負け惜しみみたいだな。まぁでも捜索に向かう時は俺たちにも声をかけてくれよ。状況によっては協力してもいいだろ?」
「そうね。気が向いたら……ね」
本気にしていないつもりの相槌だったが、切理子は勇を再度見る。
「あなたのチームは捜索するつもりなの?」
「あぁ……近々やろうと思っている」
表情は先ほどと変わらないが、勇の言葉は重たく固い。
「そう。計画は固まっているの?」
「あぁ。とりあえず三日ほど期間を持っている。他チームの話を聞いているうちにちょっと気になったことがあってな。それの真偽を確かめに行きたいんだ」
「気になったことって何よ」
「調査して確定したら教えるよ」
「ふぅん……調査というのならそんなに日数をかけないわけ?」
「そうだ。そこまで難度が高いものでもない。だから心配してもらわなくてもいいぜ」
「何を言っているの?」
切理子はその言葉を向けると、話を終えるという代わりに立ち上がり勇から離れようとする。だがそのときに切理子を呼ぶ声が届いてきた。その声の主は腕をぶんぶんと振りながら犬のようにかけてくる。
「こんにちは。五月原先輩と久留儀先輩。一緒だったのですね」
由紀はふわりと笑う。さっきまで彼女の話をしていたせいで切理子は反応を選ぶのに迷ってしまったが、それ以上に彼女はあることに激しく胸を揺さぶられた。
由紀の隣には別の女生徒が立っていた。知らない生徒である。
由紀と同じようにこれから昼食なのだろう。ともに昼食を持ち並んでいる二人を見ると切理子は嫌な予感が風のように体を通り抜けていった。
空気が固まるのを前に勇が口を開く。
「戸依さんこんにちは。今回は偶然だね。それと隣の人は?」
勇の挨拶交じりの質問を受けて、由紀の隣の女性は満面の笑みとともに話し出した。
「初めまして。朝井 咲乃といいます。高等部の一年生です。よろしくお願いします」
「朝井さんか……よろしく」
「久留儀先輩ですよね。こちらからだけですが、存じ上げてます」
「そうなんだ知っててもらえるなんて嬉しいな」
「そしてこちらの方が五月原先輩です。ここに来る前に話していた人です」
由紀の説明に従い、咲乃はお手本のような柔和な笑みを作る。
「どうも五月原先輩。こんなにすぐ会えるとは思いませんでした」
挨拶をする咲乃は、微笑みとともに挨拶をする。
すっと伸ばした姿勢や無駄な力が入っていない立ち方など、切理子を前にして自然体でいられるほどのマイペースな姿が印象に残った。
そういう彼女を前にすると、切理子の中では細かな不安がささくれ立つ。咲乃に原因があるのではなく、直前まで行っていた会話によるものだ。
咲乃には決して悪い印象は抱かないものの、先に感じてしまった悪寒を確かめることにした。
「えっと、朝井さんは戸依さんとどうしてここに来たの?何か伝えることでも?」
「そうですね。それを私も話したかったのです。ずっと話していたかったのをここまでこらえながら待っていたのですよ。でもそろそろ我慢も限界です」
戸依が沸き上がる喜びを隠しもせずに輝かせた瞳を見せていた。その強烈な光が、切理子の顔を暗くする。
「朝井さんはですね。なんとでしょ。私たちのチームに参加してくれることになりました!」
これ以上ない喜色の笑みで由紀は宣言していた。それを瞠目した表情で切理子は見つめていて、次に勇へと視線を移す。
勇は目を伏せて苦笑いを浮かべながらも何も言うつもりはないらしい。二人の反応を前に由紀は怪訝な表情を作っていた。
「いや、戸依さんに朝井さん。なんでもないの。そう、朝井さんが決めたことなら私は反対する理由はないけれど?」
「はい。自分から戸依さんのチームに参加できないか相談させてもらいました。うれしいことに快諾してもらったのです。五月原先輩。これからよろしくお願いしますね」
大きく頭を下げる咲乃を呆然と見つめたまま、時間がただ過ぎていくのを感じていた。
放課後に由紀と咲乃は顔を合わせると、資料棟といわれる場所へ足を運んでいた。咲乃がチームへと加入する意思を見せてくれたため、三人となったことでお互いの理解と深めるのと今後の方針を固めたいというのが由紀の考えである。
咲乃も同じ考えであり、それを話し合う場所を設けようという運びとなっていた。場所を提案したのは咲乃である。
「資料棟というのは過去の捜索において討伐した魔物や場所の調査結果といったものが随時保管されている場所なのです。戸依さんは転校生なのですけど中に足を踏み入れたことはあります?」
「いいえ。場所を説明してもらっただけです。資料棟とは書物で保管されているのですか?」
「もちろん電子データでも閲覧可能なものですけれど、それはまだ最新の資料に限定されています。過去の資料などはまだデジタル化の移行途中となっていてですね、そういうのを保管しているのが資料棟というわけなのです」
「そうなのですね。ところでどうしてそこを選んだのです?」
「学園の中では古臭くてあまり人が寄り付かない場所となってからですね。
どちらかというと資料目当てではなくてですね、まぁそういう場所なので
誰にも邪魔されずに複数で集まって話をするには最適な場所なのです」
資料棟の入り口に近づくと、そこに切理子が立っていることに由紀は気づいた。ここで待ち合わせることになっていたのでいることは知っていたのだが、彼女がいてくれたことに由紀は自然と笑みがこぼれていた。
その顔を切理子は見つめると、スゥっと目を細める。
「戸依さんは私がいたことにほっとしているような顔をしているわね」
「ばれちゃいました?」
「私でも決めたことを破るようなことはしないわ。とりあえず入りましょう」
資料棟の中は外と物理的なもの以上で隔てられているようで、しんとした空気が醸成されていた。咲乃の説明どおり人の気配はあまり感じられず周囲を埋め尽くす資料の数々が威圧を放っていた。
「すごい量の資料があるのですね」
想像以上の規模に舌を巻いている由紀の隣で咲乃が自分のものであるかのように語り始める。
「それはもう、昔から捜索を続けている結果ですね。向こうに資料を閲覧するための部屋があるのでそこを使いましょう」
「ところで今更なのですけれどここで話をすることは許可されているのですか?」
「やっていいとは書いていないですけれど、特段大きな声を出さなければとがめられることはないですよ」
指を立てて説明をしている咲乃の横顔を、切理子はじっと見つめていた。切理子からみた咲乃は怪しすぎる存在だった。
第一にまだチームとして名乗れる人数に満たしていないところに、自分から参加したいと名乗り出たこと。次に勇からの忠告である。
昼休みからこの時間の間で、勇は咲乃について調べられるだけの情報を調べてきてくれた。そして切理子本人は必要ないといったものの結局彼女にその情報を押し付ける形で送信してきたのである。
内容は特に悪評につながるようなものではなかった。だがそこから読み取れる彼女の傾向から考えるに、咲乃が由紀に近づいてきたのは利己的な目的があるのではないかと切理子は考えていた。
テーブルを囲んで由紀がまず二人の顔を交互に見る。
「はい、それじゃあ朝井さんが来てくれて私たちは三人になりました。チームを結成するには残すところ一人となったので、その一人をどのように探すのかというのを決めようと思っていたのですけれど……」
由紀は咲乃の顔を見て笑みをこぼしながら続ける。
「まずは咲乃さんに聞いてみたいことがあるのです」
「私にですか?」
「ズバリなのですけれど、どうして私たちのチームに入ろうと思ってくれたのですか?」
切理子は黙ったまま聞いていた。聞こうと思ってくれたことを聞いてくれて手間が省けた。切理子よりも由紀から聞いた方が、相手の警戒をかいくぐれるだろう。
咲乃は何かを飲み込むようなしぐさとともに顔を上下させる。
「やっぱり気になりますか? あ、いえ、そうだと思いますよ。
そこからはっきりさせた方がいいですね」
胸に手を当てて、咲乃は話し始めた。
「まだ話していないことで、すぐにあなたたちに了承を得ようと思っていたのですが私はこのチームだけに属しようとは思っていません。
つまりいろいろなチームですね。それらを兼任しようと思っています。というよりしています」
「そのようね」
切理子は相槌を打つ。咲乃は驚くように両手を見せるが、それを彼女は受け流すと話し始めた。
「知り合いが教えてくれたの」
「そうなのですか。まぁ隠しているわけではないのですが私も名が売れているわけですね」
「えっと、五月原先輩。兼任するのは別に規則上問題ないとは聞いたのですけれど……」
由紀は切理子の顔をうかがいながらそう尋ねる。彼女の表情から漂う冷気を由紀も感じ取ったのだろう。
「そうね。それは間違いないわ。いくつでも兼任は可能よ。
でも何事も限度があるわけ。兼任する人たちは少なくないけれどそのどれもチームの数としては二つ、多くて三つぐらいにとどめている。だけど朝井さんは違うみたいね。どれくらいのチームに同時に所属しているの?」
「今は十ぐらいですかね?」
「そんなに?」
「いろいろなチームで活動していたいのですよ。戸依さんのチームもその中の一つです。どうでしょう?それでもよろしいですか?」
「うーん。私はこのチームだけで活動するつもりだけど、他の人には強制はさせないかな。五月原先輩はどうです?」
切理子はわずかに考えるそぶりをした後に、嘆息をこぼしながら答える。
「まぁそうね……私も構わないと言っておく」
切理子の胸中では咲乃に対する警戒心は強くなっていた。この学園での常識を超える数のチームに参加している意図が読み取れないからだ。もう少し見てみなければ咲乃を知ることはできないだろう。
咲乃は両手を合わせて大げさに喜びを見せる。
「お二人ともありがとうございます。それで話がずれちゃいましたけれど私がここに参加しようと思った理由ですよね?」
「うん。どうしてなのかなってちょっと気になっちゃって」
「いいですよ。とはいえあんまり深い理由はないですね。結構単純な話でお二人の模擬戦を見たからです」
「私たちの?」
その言葉とともに由紀は切理子を見やる。切理子は自分の敗北の記憶がよみがえってきたせいで由紀から目を背けた。
「お二人とも非常に練度の高い戦いを見せてくれました。その二人がチームを作るとなると、きっとこのチームは新生としても大きく成長するに違いない。だから早いうちに席に加えてもらおうということです」
「結構いい感じに評価してもらえているみたいですね。五月原先輩」
「そうみたいね……」
「それともう一つ理由があります。これは私が多数のチームに所属している理由でもあるのですけれど、単純な話です」
「単純な話?」
「私はお金を稼ぎたいのです」
堂々と宣言する咲乃の前で二人は顔を見合わせた。切理子でさえこの返答は予想外だった。おずおずと由紀は切理子に尋ねる。
「この学校って捜索をするとお金が稼げるのですか?」
「稼げないわけではないわ。定期的に捜索に参加すれば手当が支給される制度にはなっている。無駄遣いしなければ将来的に一般的な生活に困らない程度のお金にはなるわね」
「それと込み入った話になりますが捜索の結果は多くの人に共有され研究の糧になります。それにより社会的貢献が認められると、その貢献度に応じた手当てがもらえることがあります。
または捜索による成果が様々な人の手に渡って、お金に還元されることもあります。この学園はそういった仕組みも整えられているのですよ」
「そうなんだ」
「知らないでここに来たの? それより朝井さんが捜索をしている動機というのはお金ということなのね」
「その通りです」
咲乃は指先で丸を作ってみせる。それに呼応して瞳も輝いていたが、それはギラギラしたようなものに縁どられていた。
「お金は素晴らしいですよ。もちろんお金で解決できない問題もありますが、世の中の大体の問題はお金で解決できますからね。ならたくさん持っておくべきでしょう。
使わなくては意味がないとも思いますが、使うべき時が来るまでは手元に置いておくと安心です。お金がたくさんあるというだけで、私はとても安心できるのです」
「なるほど、だからあれほどの数のチームに参加しているということね。捜索する機会が多ければその分お金を稼ぐ機会も大きくなる」
「そういうことですよ。実入りがよさそうなところには参加していますね。そのかいあって結構お金たまっているんですよ。
私の目標は卒業までに一生遊んで暮らせるぐらいのお金を貯めることなんです」
「へぇ。そういう考えの人もいるのですね」
由紀を前に、咲乃は彼女が素直な関心を見せていることを理解していた。こういう話を告げると複雑な顔をする人も多いが由紀は違うらしい。いや、というより知らなかったことを知った時の反応に似ていた。
切理子はというと無関心な様子で頬杖をついていた。
「ということで戸依さんにチームの参加をお願いしたのはこういう背景があってのことなのです」
「うん。私は大体理解した。その上でいうけれど私は朝井さんを迎え入れてもいいと思う。五月原先輩はどう思う?」
「そうね……」
頬杖をつきながら咲乃の話に耳を傾けていた切理子は深く息を吐く。
「お金のところとかあなたの主義とかは理解できないけれど、排除したいと思うほどではないわ。戸依さんの助けになれる人だと思った」
「決まりだね。改めてよろしくね」
由紀は立ち上がり手を差し伸べる。その手を予想していなかったというように、咲乃は目を丸くしていた。
「自分でいうのもどうかと思いますが、こういう動機でもいいのですか?」
「うん。悪いことをしようというのでなければ私は構わないよ」
「ありがとうございます。チームとして迎え入れてくれるのなら、捜索には真剣に臨みます。よろしくです」
遠くから鐘の音が聞こえていて、夕日が窓から差し込んでいる。時間の移り変わりが影と夕日の境界に現れ始めていた。
「もうこんな時間なんだ。最初に話そうと思っていたところまで進まなかったね……」
「生徒手帳のチャット機能を使えばそれを介してこの三人で会話はできますよ。話したりないことがあればそれを使ってください。もちろん私は直接話すことでも構いませんよ」
「じゃあ今後のことについてはそれを利用して話したいと思います。今日はこのあたりにして解散しましょう!お疲れさまでした」
由紀の合図に従って資料棟から外へと向かう。
三人の一番後ろに歩いていた切理子はふと不可解な別の視線が届いているのを察知した。気のせいかと思ったがそれは間違いなく自分たちを見ている。いや、切理子個人を見ているものだった。
振り返るがそこには誰もいない。切理子は一瞬逡巡したのちに深くは追究せず寮への道を歩いていくことにした。
夜の時間は寮の中なら自由な行動が許されている。切理子と由紀は二人の部屋で時間をつぶしていた。
「これであと一人ですよ。幸先がとてもいいと思いませんか?」
寝間着に着替えてベッドの上ではしゃいでいる由紀の姿を、切理子は目をそらし無表情に徹していた。咲乃が現れたのは確かに予想外ではあるが、それは由紀にとっては嬉しいことに間違いない。
だが一つ目標を取り除くと新しい問題が見えてくるというのも事実である。
「ところで五月原先輩はチームメンバーを集めるのに、何かいいアイデアありませんか?」
「私に?」
「みんなのチームですから。みんなの意見を聞きたいのです」
「みんなの……ね……。なら朝井さんには聞いてみた?」
「ちょっと前に生徒手帳を使って聞いてみました。期待は薄いですけれど、朝井さんの方で知り合いに声をかけてくれるみたいです」
「そうね……でもそのやり方の方がまだ分がありそうね」
「えっと……」
切理子の胸中を読み取れずに困惑すると、切理子は自分の生徒手帳を操作して由紀の前に見せる。
「こういうチームのメンバー募集のページがあるの。大体の生徒はここを見てどのチームがいいか探すわけ」
「そういうのがあるのですか。なら私たちもそこで募集できないのですか?」
「できるわ。でもそれで手を挙げてくれる生徒はほぼ皆無ね」
「新規のチームだからです?」
「まぁそういうことね。朝井さんのように新規だからという理由で来てくれる人の方が珍しいのよ。あなたは運がいいわ。朝井さんと出会ったのを大切にしなさい」
切理子の忠告を由紀は頬を緩めて聞いている。咲乃との出会いを喜んでいるというのではなく、切理子のそれを好意的に受け止めているようだ。
「それでどうするかだけど、今の段階では意見はないわ」
「それは朝井さんのアイリス次第という意味です?」
「理解はしているようね」
「その辺りまで聞こうと思っていたのですけれど、時間が来たので聞きそびれてしまいましたね」
「分かっているなら多くは語らないけれど、チームで捜索に挑む以上足を引っ張らないように動けるメンバーを選出したほうがいいわ。アイリスは強力だけれどそれぞれに個性がありすぎるの。個人の力としてなら十分だけど集団で活動するときはそれぞれを最大限生かせるようにしなさい」
「参考になります」
「なら……どういう人を選ぶかについては、あなたが考えてみなさい」
「私がですか?」
「あなたのチームでしょう? 全部私が考えても仕方がないじゃない。そういう挑戦も必要だと思うわ」
「先輩からの課題ということですね。ならそれをクリアして見せます」
どのように受け止めてもらってもいいのだが、やる気を出してくれるのなら切理子にとっては願うことこの上ない。
由紀は生徒手帳を両手で持ち、チームメンバー募集のページを眺めている。
「メンバーの募集条件の中にもアイリスの大まかな傾向が含まれているみたいですね。募集理由なども書かれていますね」
思わず漏れる呟きを繰り返し、由紀は生徒手帳に視線を集中させている。その調子で眺め続けるかに見えたが、無垢な顔つきのまま彼女は何かに気づいたようだ。
「先輩。募集理由ってみんな同じことを書くのですか?」
「よほど特別な理由でもなければいくつかの種類の定型句をつかいまわしているのじゃない?」
「最近の募集でみんな同じ理由なのは偶然ですかね?」
素朴な由紀の疑問に誘われるように、切理子は自分の生徒手帳を開いて同じページを見る。名前も知っているいくつかのチームの募集が羅列されていて、募集理由は由紀の言う通り一つだった。
理由はいたって簡単な文章で記されていた。
「危険種の討伐のため……か」
「危険種というのは?」
「異界の中で出てくる敵は大体が過去の記録に乗っているようなものだけど、ごくまれにそのいずれにも該当しない敵が目撃されることがある。
能力も強さも不明であるためそれらは危険種として呼称され調査の対象となるの」
「へぇ……でもそれならいきなり討伐というのは段階を飛ばした対応ということみたいですね」
由紀の推測もその通りである。しかし切理子の胸中はもっと別の何かが渦巻いていた。多数のチームが同時に危険種に対する対応を始めている。捜索から身を置いていた切理子の知らないところで何かが起きている。
胸の内側をなぞられるような不快感を取り除くことができず、思わず生徒手帳を閉じた。
「先輩?」
「もうそろそろ消灯の時間だから」
ベッドの上で横になり天井を眺める。不快感はずっと胸の中に残っていて、汚れのように切理子の胸にまとわりついていた。
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