第4話 拒絶と集中



「拒絶のアイリスというんだ」


 久留儀 勇は後輩にそう説明すると、後輩は狼狽するとともに周囲を見渡す。周囲は由紀と切理子の模擬戦に目を向けているのを確認すると、ひっそりと勇との会話をつづけた。


「いいんですか? そんな勝手に他人に教えて。個人情報みたいなものでしょ?」

「五月原については気にしないから」

「珍しいですね。そりゃあ入学時に学園には報告しますが、生徒間ではチームに入るというような必要な時以外には話さない人が大半なのに」

「そうだな」

「それで、聞いてしまったから話を続けますけど拒絶のアイリスって?」

「それにより自分はこの世界から認識されなくなる。ただ見えなくなるのではなく、その場にいないかのようになるらしい。そして五月原に干渉できなくなる。あらゆる計器を試してみたが、彼女の位置はつかめなかったという結果もあるようだ」

「つまり五月原先輩への攻撃が当たらなくなるということですね。だからあの時のようなことになったということですか。無敵ですね」

「無敵ではあるが強いわけではない。五月原に干渉できなくなるといったが、逆に五月原も干渉できなくなる。そのため攻撃に転じるときは姿を見せる必要がある」

「なるほど」


 後輩は考え込むように由紀と切理子を眺めていた。自分ならどのようにそれを攻略するかなど考えているのだろう。勇は切理子のアイリスについて理解している。理解しているからこそ、この状況で切理子に勝てる方法は少ないというのを知っていた。


 だが由紀ならそれを実践できるかもしれない。彼女の戦い方を見るとそのような期待をしてしまうのだった。


 切理子は由紀を侮っていたわけではない。岩獣を撃退したときから彼女の実力は並外れたものだというのは理解していた。だが実際に剣を交えていると見えないところまで見えてくる。同時にまだ見えていないところがあるのも気づいていた。


 由紀のアイリスは不鮮明だった。唯一分かっていることはまだすべてを見せていないということだけである。


 過去の捜索の経験から、切理子は様々な生徒のアイリスを見ていた。その中では由紀のように純粋な破壊力に特化したような生徒も見た覚えがある。岩獣の時はその突出した力があったがそれ以外のものについては平均的な動きであった。


 だが由紀はそれの他に驚異的な速度を見せた。

突出したものが二つも合わさるアイリスを見るのは前例がない。


(突出……)


 自分でつぶやいた言葉に何か引っかかるものを感じる。そうだ。どちらも突出しているということは共通している。そのひらめきを切理子は見過ごすことができなかった。


(もしかしたら……)


 すると由紀は構えを解いて語りだした。周囲のざわめきを気にせず語りだす。


「先輩は、私のアイリスがどのようなものか気づいていないみたいですね。いや、気づきかけているのでしょう。なら私が教えてあげますよ」


 目を細めて口角を上げる由紀を、切理子は表情と姿勢を一切変えずに対峙していた。


「私が先輩のアイリスを知ってしまっているのにちょっと不公平じゃないですか?安心してください。嘘は言いませんから」

「嘘……ね……。でも全部は言うつもりもないのでしょう?」

「先輩ならそういいますよね。でもまぁ聞いてください。私のアイリスは集中のアイリスです」


 瞳の印を浮かべながら、それを示すように自分の右目を指さす。集中という言葉が切理子の推察を確実なものへと変えていく。


(集中……やはりそうか……)


「きちんと伝わるか不安ですが説明させてもらうと、まず私なりの指標というか評価なのですが、私たちアイリスを持つ者は大まかな基礎能力があります。視力とか聴力とか体力とか腕力とかですね。テレビゲームでいうならHPとか力とか身の守りとか素早さとかに当てはまるものです。

 私のアイリスは対象のそういう能力を他のどれかに足すことができるのです」

「あなたの例えでいうなら身の守りを下げたぶんだけ力が足されるということ?」

「その通りです。やろうと思えば身の守りとか素早さを下げて力に全部振り分けることも可能です。そういうどれをどのくらい振り分けるのかというものについては私の裁量次第で自由に決めることができる。そういうアイリスとなっています」


 周囲がざわつく。ここまで多数の生徒が見ている中で自分のアイリスを自分から語る人は珍しい。その行動の奇抜さだけではなく、彼女のアイリスについても様々な意見が交わされていた。


 勇と後輩もその中の一人であった。


「一時的に能力を変動させることができる……か……。確かになかなか便利なアイリスかもしれないですね。先輩はどう思いますか?」

「そうだな。捜索においてはアイリスの能力に応じて役割を割り振られることが多い。だが戸依さんの力なら任せられる役割が増えるのは間違いないだろう。だが使い方を誤ると危険なものにもなりそうだ」


 それほど優秀ではないという由紀の自己評価を勇は思い出していて、ようやくその言葉の意味を理解した。


 一方切理子は今この状態で戦うには厄介な相手だと考えていた。由紀が自分のアイリスを明かしたのは自分で話したことも理由に含まれていたのかもしれない。


 しかしもう一つの理由は知られても不利にはならないということなのだろう。

対人の戦闘においてその都度戦う相手の能力が変わるということは、切理子も経験した覚えがない。


 だが、彼女は別のことについてある仮説を立てていた。ずっと疑問に思っていたことであったが、由紀のアイリスを聞いた時にその仮説は見過ごすことはできなかった。

 むろん仮説としての範囲はまだ超えていない。ならば確かめる必要があるのだろう。


「さて、先輩。話し続けるのはこれくらいにして続きにしましょう」

「そうね」


 切理子はその言葉と同時に地面をけると由紀との距離を詰める。剣をふるうことなく体ごと由紀へぶつかった。剣と剣がぶつかる音が響き、ぎりぎりとした鍔迫り合いが始まる。


 切理子は眼前にいる由紀に対して、彼女にだけ聞こえるようにささやいた。


「受け止めるのね。そうしてくれて助かる」

「内緒話ですか?」

「あなたのアイリスはよく理解した。同時にまだ話していないことがあるということも。でもそれは話さなくていいわ。けれど一つだけ聞かせて」


 切理子は極めて冷静な声音で続きを語った。


「岩獣を目覚めさせたのはあなたでしょう?」


 由紀は驚くこともなく、痛いところを突かれた様子もなく、ただ嬉しそうに切理子の顔を見る。それが答えでもあったが、切理子は自分の推察を続けることにした。


「最初は疑っているわけではなかった。あのような事件が起こる可能性は零ではない。けれど久留儀たちがいつも行っていることなのに、その中で事件が起こってしまったのはどうしてという疑問もあった。

 それとあなたが学園に訪れたときにその事件が起こる。それが少し都合がよすぎたこともある」

「ふむ」

「そして他にも話を聞いた限りだと、あの時に何か別のイレギュラーな要素が介入していた可能性が高く感じられるようになった。そうだとすると一番疑わしいのはあなた。

 定期的なイベントを行っている中で、あの時いつもとは違う要素が混ざっていた。それがあなただけなのよ」

「そうですね……」

「ここからはさらに推測だけど、あなたのアイリスってその力を他人相手にも適用できるのじゃない? そうなるとあの時に何が起きていたのか、一つの真相が見えてくる」

「先輩は私があの時に岩獣の能力を上げて、アイリスによる拘束を破らせるようにしたと考えているのですね?」

「違う?」

「いいえ。正解です」

「そうなのね」


 自分の推察は客観的にそれほど根拠があるものではないと考えていた。由紀は反論をする余地も残されていたと思っていた。

 由紀はあっさりと認めたときに彼女は由紀から一瞬だけ目を離す。その後彼女をもう一度見て告げた。


「別に論理とか道徳とかを語るつもりはないわ。結果としてあなたが岩獣を処理したものね」

「その通りです。それができるという自信はありました。経験上からみても間違いなくできたと思っていました」

「一応理由は聞いておくけれど?」

「単純な話です。あそこで大きなことをすれば私の名前を売るチャンスを作ることができる」

「それでマッチポンプをすることになったというわけね」


 話はこれまでというように、由紀は力を込めて切理子を突き飛ばした。よろめき隙を見せた切理子であったが、由紀はなぜか追わずにたたずんでいた。


「私のアイリスってそこまで優秀ではないのですよ」

「謙遜というやつではなさそうね」

「何かを高めるということは何かを下げるということです。それは強みを作るというよりは弱みを作るということに等しい。今この時のように一対一などの戦いではなく展開が未知数の捜索内でなら、それは危険な要素に他ならない」

「それは一人だったらそうかもしれない。けれど捜索において複数人で行動するならそのリスクは限りなく減らせると思うけれど?」


 答える代わりに由紀は喜色を浮かべて微笑みを作る。言おうとしていたものを言ってくれたことの喜びだろう。

 強力なアイリスであるが、使いどころを見極める必要があるのは間違いない。その利点の裏に潜む欠点が表に出た場合、どうなるかは想像にたやすい。彼女がチームを求めているのはそれを補強する信頼できる仲間を欲しているのかもしれない。


 そこまで考えていた切理子はその考えを握りつぶすように消し去る。自然とそう考えてしまった自分の思考に悪態をつく。


「戸依さんはそれでも捜索を行いたいの? 自分のアイリスの評価が低いのに?」

「はい」

「即答なのね……まるで行いたいじゃなくて行うべきだと言っているようね」


 周囲の視線を強く感じる。観客にいる名もなき生徒、由紀、そして教師の春日。皆が同じことを思っている。そう思っていないのは切理子ただ一人だ。だから切理子は話すことを決意した。


「私には理解できないわ。どうしてそうみんな捜索に熱を入れることができるの?それが望んでいたものでもないでしょう?そう教えられただけじゃない。

 捜索なんて何かが得られるものでもない。そんな無意味なものを自分の使命のように受け入れるなんてどうかしている。

 そういう生き方を与えられているだけなのに。別にいいじゃない。そんなことしなくて。その結果、『門』の向こうから何があふれ出ても……この国が、この星がどうなろうが私にはどうでもいいことよ」

「……」

「アイリスなんて持って生まれた結果が決められた未来で、それが素晴らしい祝福であるかのように大人から話される。そしていずれ私もそっち側になる。そんなことになるならこんな祝福はいらない」


 自分の中で思っていたこと、塞いでいたものを開いてぶつける。八つ当たりのようなものだが、由紀には言ってもいいと思っていた。二人を近い距離で見ている春日は複雑な表情をしている中、対照的に由紀はまっすぐな面持ちで切理子の言葉を受け止めていた。


「先輩。先輩がそう思っているのはちゃんと聞きました。でも決着は模擬戦でつけると最初に決めたじゃないですか。誰がどういう思いを持っていても、この戦いの結果が全てです」

「……そうね。言い合うのもこれくらいにしてそろそろ決着をつけましょう」


 それと同時に切理子の双眸に印が浮かび上がる。由紀がそれを認識した次の瞬間には切理子は目の前から姿を消していた。由紀は自然体でたたずむことを選ぶ。切理子がアイリスを利用している間は、どのような行動も無意味なのだろう。


 なら彼女が姿を現した瞬間に、こちらが迅速に対応する。後の先を選ぶことを決めた由紀は自分がすぐに動ける姿勢をおのずと選んでいた。


 たとえどこから来るにせよ現れた瞬間には気配と音が生じるはずだ。ならどれほど刹那的な時間であっても由紀なら反撃に生じることができる。その自信を持っていた。


 一分、二分、数分経っても切理子の姿は現れなかった。持久戦を狙っているわけではないと由紀は考えていた。由紀の意識が緩む瞬間を狙っているのだろう。


 いつ来る? ただ一人立ち尽くしている由紀の姿は戦っているものとは思えないが姿の見えない切理子相手に彼女は全力で対応していた。どこから現れても察知できるように、由紀はアイリスを最大限有効に利用していた。


 やがて時間が引き延ばされ停滞しているのではないかと錯覚するほどこの場の緊張が高まった時に、切理子は行動に移した。


 由紀の背後で刺さるような音が沸き立つ。その音を由紀は逃さないはずがなかった。後ろからの音だということを正確に聞き取った由紀は振り向き、そして切理子の誘導に引っかかっていることを知る。


 由紀の視界に移るものは切理子が持っていた剣だけであった。それが床に突き刺さっているが持ち主はどこにもいない。


(そういうことか……)


 大まかに切理子の意図を察知した。おそらく切理子はアイリスを使って、距離を詰めても由紀に自分の剣を届かせることはできないというのを知ったのだろう。だから隙を作ることにしたのだ。


 姿を現したときを知るために感覚を研ぎ澄ませるに違いない。その時に何かで誘導すれば、その隙が生じるだろう。

 そういう思惑があり、剣だけがそこにあることがそれを証明していた。ほんの一瞬ほどの隙ではあるがその時間は両者の間では圧倒的な開きがある。


 当然切理子はその瞬間を見逃さないはずがないのである。由紀はとっさに振り返った。だがそこにも切理子の姿は見えなかった。


(どこから?来る?)


 分からない。その不安が由紀の体をわずかに硬直させる。そしてその時に切理子の気配を感じ取った。

 前からでも後ろからでもない。切理子の気配は頭上からだった。


 切理子は自分の思惑通りに進んでいることを確信していた。

自分が投げた剣の陽動に由紀は視線を奪われている。すぐにそれを払いのけ自分の気配を感じ取っただろう。


 だがその差はわずかにしても致命的である。このまま由紀を組み伏せて勝利を得るというのは変わっていない。

 頭上を見上げる由紀と視線がぶつかる。由紀の双眸は印が浮かび上がっている。


 切理子の手は空をつかんだ。その場に立っていたはずの由紀は目の前にはいない。そしてそれを認識した瞬間に、切理子の視界は回転する。


「ぐ……」


 バランスを失い倒れる体と自分に加わる力にあらがうことができず、仰向けで床にたたきつけられた。背中に受ける衝撃により、衝撃に視界が歪む。視界が元に戻り始めたときには自分に馬乗りになっている由紀の姿がそこにあった。


 両手をつかまれ彼女の表情を見たときに、切理子は模擬戦の勝敗を知ってしまった。


(私が負けた?)


 理由を客観的に分析するよりもまずありえないという思いが先行した。認められないし、認めたくないという思いが燃え上がるも、春日が手を挙げて模擬戦の終了を知らせていた。


「そこまでです。戸依 由紀さんが勝利として模擬戦を終了します」


 春日の叫びとともに周囲から拍手が沸き起こる。儀礼的なものだが、その音を浴びると切理子は自分の敗北の実感が沸き上がってきた。自分が負けた理由、ふつふつと湧き上がる感情などがいろいろと駆け巡るが何よりもまず、体の上にいる由紀に対してつぶやいた。


「重い」

「あ、ごめんなさい」


 由紀は決着がつく前のときの表情とは打って変わって、余力を持っていない様子で肩で息を繰り返していた。あの一瞬の間に由紀がどれくらいの力を使ったのかは理解できないが、その表情を見ると切理子は自分のふつふつとした感情が何であるかを理解し、それをひっそりとしまうことにした。




 訓練場からは人が全ていなくなり、無人となる場所で切理子は一人立っていた。何も持っていない手を眺めながら、あの時のことをおもいだしている。

 勝利の確信があったが、由紀のアイリスは自分の認識以上の強さをあの場で示していたということは間違いない。


 それが絶対的な事実ではあるが切理子には自分の敗因がそれ以外の何かが働いていたようにも思えていた。


「先輩」


 振り返ると入り口のところで由紀が立っている。切理子が振り向くと同時に、あっという間に目の前にまで走ってきた。


「何していたのですか?」

「あなたはどうして私に勝てたと思う?」

「単純な話だと思いますが、先輩はそう思っていない様子ですね。そうですね……強いていうのなら勝ちたいと思っていたのは私で、勝てると思っていたのは先輩の違いじゃないですか?」


 切理子はその言葉を聞いた時に、自分の中に何かが落ちたような感覚を知った。言葉にすると些細な違いなのだが、きっとその差は大きいのだろう。同時に、勝ちたいと思っていた由紀のその根幹に何があるのかも知りたくなった。


「ついてきなさい」


 由紀の反応を待たずに切理子は歩き出す。訓練場を抜けて、学棟を通り過ぎ、人気のないわき道を進んでいく。由紀は後ろから何も言わずについてきてくれた。やがて山道に差し掛かると上り坂を二人は歩いていく。


 丘ぐらいの場所だったのだろう。それはすぐに登り切ると、そこには開けた場所が待っていた。


「これは……」


 後ろから来た由紀が困惑と感嘆ともいうような声を漏らしている。

丘の上に立ち並ぶ無数の墓標が夕日に照らされて輝いている。風に揺られて周りの草木が揺れ動く中、墓標だけはどれも微動だにせず絶対的な現実を見せられているようだった。


 切理子は目的の墓標があるのかその間を歩いていく。

 生きている由紀と切理子の二人の方が疎外感を覚えてしまいそうな数だった。簡素な墓標だがその一つ一つに名前が記されていて、その意味は由紀も容易に想像ができた。


「捜索で犠牲になったり、命を落としたり、行方不明になった人たちはここに鎮められるの。私たちは他に行き場所がなくなるから、そうなるのは当然ね」

「私がいたところでもそういう習慣がありました。どこでも同じことなのですね」

「そういえば聞いていなかったわね。あなたは前にいたところでも捜索を行っていたの?」

「そうです。やっぱり分かりますか?」

「そうね。動きなれていたし、そういう雰囲気があったから」


 やがて切理子は一つの墓の前で歩みを止めた。他の墓と同じ形をしているが、その墓の前には真新しい花が置かれている。それを見る切理子の背中を由紀は見つめていた。


 よく見るとその墓標は他のよりも真新しく、雨風にさらされた様子は見当たらない。それから考えるに新しい墓であるのは間違いない。その時に春日から聞いた言葉がよみがえってきた。


 切理子は由紀が気づいたのを見計らって語りだす。


「この墓の中にいるのは私の知り合い。たまに一緒に捜索していた。別にそれほど仲良くなかったけれど、私と違って明るくて誰にでも好かれていたような人でね、なぜか割と気が合うからやりやすい相手でもあった。

 ちょっと前にね難しいところに行くからって、一緒に捜索していたのだけど、そこでアクシデントがあって行方不明になった。その時の捜索隊は帰還しなかった。帰ってこれた……帰ってきたのは私だけ。

 死体は見つかっていないけれど異界から戻ってこない人の扱いは一つだけ」


 淡々とした口調のまま切理子は語る。そう語る意味を由紀は理解できてしまうのは捜索を経験してきた者だからだ。


「そういう話は別に珍しいことでもないわ。この墓の数が物語っている。私も今だってそう思っている。捜索で何も結果が残すことができないまま終わるのはよくあることだわ。

 でも……この墓を見ていると別の考えが生まれてきた。私たちが捜索しても何も変わらないのだろう。無意味なものに今まで力を込めていたのはどうしてなんだ?

 考えるほど答えは見えてこなくなって、結局寮の部屋から出ることがなくなった。多分疲れたんだと思う」


 切理子は振り返る。由紀を見て、墓を横目に見つつ呟くように由紀に聞いた。


「戸依さんはどうして捜索に向かうの?」

「私ですか?」

「聞かせてくれない?」


 切理子からは強制しているのではない。だが由紀は話すべきだと直感した。切理子の隣に立ち、彼女が見ていた墓標を見ながら語りだす。


「約束なんです」

「約束?」

「ここに来る前に私は別の地方で捜索に参加していました。地方だからなのかは分かりませんが、碌な補給もなくその日の朝に出会った人がその日の夜にはいなくなっている。そういう状況で私は捜索をしていました」

「……」

「実は別につらいとか思っていなくて、幼い時からそうだったからこれが普通だと思っていたのですけれど……それはべつにいいですね。

 それでそういう中でずっと一緒に捜索していた人がいたんです。その人はいつも捜索していました。だから自然に私と一緒に捜索するようになりました。

 まぁそうなるとその人の性格もあるのですけれど自然と仲良くなっていろいろと話をすることになりました。その人は私と顔を合わせるたびに言っていたのです」

「どういっていたの?」

「学校に行って、チームを作っていろんな人と捜索したい。それがその人の願いだったのでしょうね」


 由紀はそこで口をふさぐ。風の音で草木が揺れる音だけが流れていく。由紀は決意したようで閉じていた口を開く。


「結局その人の願いはかないませんでした。でも最期に約束したんです。あなたの代わりに私が学校に行く。そこであなたの願いをかなえるって」

「……」

「それだけなのですけれど、でも約束を守ってみようと思っているのです。その人はもういないから、その人の分だけ私が進むんだって決めたのです」

「戸依さんは……なんでもない」


 そう言いかけて切理子はやめた。彼女との違いと、模擬戦で彼女になぜ敗北したのかは自分の中で納得できる形が見えてきた。


「もっとも、約束はもう私だけのものではないですから。先輩も手伝ってくれますか?」

「まぁ……そういう取り決めだったから。手はかしてあげる」

「ありがとうございます」


 夕日が地平線から顔をのぞかせている。赤と黒のコントラストが強くなるにつれて、二人の足は自分たちの今の居場所へと向かっていった。
















 

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