まあ、序の口ですわね。

今年のオールスターメンバーで言えば、年上は39になる豊田さんだけ。他はみんな年下連中なのだが………。



「新井さん、ナイッスー!」



「新井さんのおケツナイスー!」



「おケツだけナイスー!」



などと言って断りもなしに遠慮なく、おケツを揉んでいきやがるのだ。



そしてこの男も………。



「新井さん、オッケ、オッケ!ナイスポジショニングっすよ。どれ、俺も………」



と、平柳君も当たり前のように俺のおケツに手を伸ばしたのだが………。



「あ!?新井さんのおケツ、きたねー!真っ黒!!」



そう叫んだのだ。



ベンチにいた全員が一斉に俺のおケツを凝視する。



当然俺はお怒りになる。



「おケツが真っ黒だと!?失礼な!毎日うちの可愛い双子ちゃんが洗ってくれるんだぞ!」



そう反論したのだが、通りがかった最年長の豊田さんは冷静だった。



「ほんとだ!真っ黒じゃん。なにこれ。マジック?液漏れ?」



その言葉を聞いて俺は思い出した。サービスボールにサインした時に、使ったマジックペンをおケツのポケットに入れっぱなしにしていた事実を。



そして今しがた、そのおケツを滑らせてスライディングキャッチしたことを。



自分でズボンを引っ張りながら覗き込むと、ポッケ部分が滲むように真っ黒になっており、手を入れると真っ二つに割れてしまったマジックペンが出てきたのだった。










まあ、いいや。






「1回裏、オール東日本の攻撃は……1番、ショート、平柳!!」



カキッ!!




西日本の先発は、広島カルプス所属の左腕金澤。前半戦は絶好調で12勝を挙げる活躍を見せていた。



そのピッチャーから、インコースの膝元に沈むツーシームを上手くミートした平柳君。鋭い打球が1、2塁間を破っていくいきなりの快音となった。




「2番、レフト、新井!!」



初のオールスター戦本拠地開催。打率4割3分3分。晴れ。わたくし。超満員。俺としてもなんやかんやあってのオールスター初打席。守ってはいきなりのファインプレー。



既にスタンドのボルテージはマックスになっていた。



俺はいつにない大歓声に、まあまあ落ち着きなさいとジェスチャーしながら右バッターボックスに向かった。



御行儀よく、ヘルメットを外して、ピッチャーとキャッチャーの浦野君にペコリとご挨拶する。



「今日は新井さんデーになって欲しいお客さんばかりだと思いますけど、そう簡単にはやらせませんからね」



マスク越しに浦野君はそんな言い草だった。



「ほう。ずいぶんな自信だね。間違って俺に当てようもんなら、ただじゃ帰れなくなるから、インコースは攻めないのが無難だぜ」



そう返して俺はピカピカのビンクバットを構えた。





変化球の入りなんてあり得ん。



ストレート1本勝負だ。



脅し文句を放っても、構わず俺に対してもインコース低めを要求した浦野君だったが、まさか平柳君以上の快音をかまされるとは夢にも思わなかっただろう。



自分の冴えたリードもあって12勝することが出来たピッチャーの球をいきなり捉えられるなんて。



レフトに舞い上がった打球を見上げながら、浦野君はそんな印象になったはずだ。



だから余計に、快感が増す。



後はその打球がレフトの右を巻くか、左に切れてファウルになるかというところだったが、数々のホームランを量産してきた俺にしてみれば、打球の行方を確認する必要なんてなかった。



どのタイミングでバットを放り投げれば1番かっこよくなるか。



それだけを考えるだけでよかった。





ガシッ!!




「ポールに当たりましたー!!なんと、新井のオールスター初打席は、広島カルプスの金澤の直球を捉えて、先制の2ランホームランになりましたぁ!!」





うおおっ!?っと声を上げた観客が立ち上がり、数秒の静寂の後にそれが爆発したような大歓声になる。




ホームランはどれだけ打っても気持ちいいぜ。



登板予定は明日。今日は途中まで1塁コーチャーを務める東北の選手とタッチを交わし、ゆっくりとダイヤモンドを回る。





すると………。







ボトッ、ボトッ!ゴロゴロ。



2塁を回って3塁に向かおうとしたところで、外野からボールが俺の足元に向かって転がされた。




どうやら、ポールに当たって跳ね返ったボールをレフトの友寺君が投げ返してくれたみたいだ。



ありがたくもらっておこう。



プロ初安打のボールを持っていない人間だしね。




と、思いつつも、こちらも第2戦登板予定の北海道の3塁コーチャー兄さんとタッチを交わした時に……。



せっかくのオールスターだから、喜んでいるファンにプレゼントするのがやっぱり1番かと思い改めた俺。



「新井さん、やっぱすげえっすよ!!」



出迎えた平柳君と昔からの友達みたいに、肩を組みながらベンチに向かう間。せっかくだから高いお金を出して座席を確保してくれたベンチ上のお客様に向かって、ホームランボールをポイっと投げて、そのまま祝福の囲いの中へと飛び込んでいった。






2回。オール西日本は、5番百瀬のツーベースの後に、浦野君がお返しのタイムリーで1点を返した。




俺の第2打席目は、2アウトランナー1塁。平柳君がフォアボールを選んだ後のこれまた初球である。



マスクを被る浦野君は当然また同じようには打たれたくない。かといって、俺に緩い変化球を投げてしまったらそれこそボーナスステージになってしまうので、それも考えにくい。



となると自然に球種は絞られてくる。



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