素晴らし左腕ですわ!

舞い上がった打球がライトの上空へ。



深めに守っていたライトの選手がさらにバック。フェンスとの距離感を確かめながらタイミングを合わせて高くジャンプ。



打球はそのままスタンドの最前列に飛び込んでいった。




4番、芳川。先制の6号2ランホームラン。



ビクトリーズサイドの人間が立ち上がり、喜び、乱舞する。



思田君もバンザイしながらベンチを飛び出し、グラウンドにタオルを振り落としながらお腹軍団第4の男を抱き締めた。




さらに2アウトから………。





パァンッ!!



「桃白の打球!またライトに上がったぞ!?いい角度だ!!風もある!伸びている!!………入りましたー!!桃白にも、ホームランが飛び出しました!!第3号のソロホームラン!さらに追加点を挙げます!」



ちょっと上がりすぎかな?と、思ったけれどむしろ風が吹いてくれていたから好都合。芳川君が打ち込んだ辺りとちょうど同じところ。



このイニング2本目のホームラン。桃ちゃんがニコニコでホームインして、露摩野君とタッチを交わして戻ってくる。




「新井さん、新井さん!ゆりかごチャンスですよ!!」



「確かに!忘れてた!」



「ほら、早く、早く!列の1番後ろに!」



何日か前から、俺か桃さんがホームラン打ったら、3人でゆりかごパフォーマンスやりましょうねと、柴ちゃんに言われていたのをようやく思い出した。




喜ぶチームメイトの間を縫うようにして、慌てて出迎えの1番後ろへ。



ハイタッチを終えて戻ってきた桃ちゃんがお待たせしましたという顔をしていた。



「それじゃあ、いきますよ!」



「桃ちゃんホームラン打ったから真ん中な!」



「はい、せーのっ!!……ハイ・ハイ・ハイ、ハイ・ハイ!」



ベンチ横のカメラの前で3人並び、両手でゆりかごを作ってそれを左右に振る。たまにサッカー選手がゴールを決めた時なんかにやっているのを見ていたので。野球選手がやっているのを見たことがなかったので。



「あれは……なんですかね?3人並んで」



「恐らくはゆりかごのポーズだと思いますね」



「なるほど。ゆりかごですか」



「何でも1週間ほどまでに、3人はお子さまが生まれまして、偶然同じ産婦人科に居合わせたらしいですよ」



「同じ日にって、ことですか?それは凄いですねえ!」



「そうなんですよ!これは一昨日の試合前に、柴崎選手から聞いたんですが、柴崎選手の奥様は元モデルの方ですけれど、病院に向かう車の中で生まれてしまって。到着してすぐにストレッチャーで運んでもらったと話していたんですが、その時待ち合いの廊下に新井選手と桃白選手が並んで椅子に座っていたみたいですね。


新井選手の奥様が1番、桃白選手の奥様が2番で、そして柴崎選手の奥様が3番の分娩室に入っていって、皆さん無事出産出来たということで………私どもの放送席からも出産祝いをさせて頂きました」






芳川君の2ランに加えて、桃ちゃんにもソロが飛び出して3点差。



セーブシチュエーションというやつだが、阿久津監督はそのまま思田くんをマウンドに送り出した。もちろん、ブルペンでキッシーが準備してはいるだろうが、なんとしても投げきらせたいという思いを感じる。



「おっ!3点差。最終回、ビクトリーズファンがまた立ち上がります!背番号15!思田健が完封勝利をかけて、9回のマウンドに上がりました!」



「岸田を投入するのと、5分5分かなと思いましたが、首脳陣は思田に託しましたね」



「思田はこのイニングを全うしきると、プロ初の完封ということになります。完投というのは3年で4つあるのですが、8回無失点に抑えて9回のマウンドに上がるというのは初めてにもなります、思田。


尚、この回からビクトリーズのシートに変更があります。野川がセカンドに入り、セカンドの祭がサード、サードの芳川がファーストに入り、レフトも露摩野から朝日奈に代わっています」




カルプスも左右のベテランを代打に送るつもりのようで、最終回に意地の代打攻勢。思田くんとしてはとにかく先頭。そこさえ凌げば、もう………。という感じの中、その初球。パームボールがど真ん中にいってしまった。





カキィ!!



快音響いた。



しかし、バッターが打球を見上げてバットを叩きつける。打ち損じ。真上に上がったフライ。



まるでボールの中に10万円が入っていると知らされたみたいに、内野陣が一斉に落下点へと走った。



ピッチャーの思田くんがホームベースの方へと歩き、場所を空ける。



ファーストの芳川君、セカンド野川君、ショート並木君、サード祭君がそれぞれ出てくる中…………。



「オライ、オライ!!俺です、俺しかいないです!!」



そう言ったのがベンチからでもはっきり聞こえた。



年上全員をどかして、3年目21歳の野川君がマウンドの真後ろ辺りで、高く上がって勢いよく落ちてきた打球をガッチリキャッチした。



守備で出てきたばっかりなんですから、俺に捕らせて下さいよ!という訴えだったのだろう。



他の先輩達はそんな風に言わなくても譲ってあげたよと、若干の苦笑い。しかし、その1プレーが活きたのはその直後。



次に現れた右の代打がフルカウントから、低めのパームボールをミート。セカンドの左を襲う。



これに野川君が反応よく横っ飛びキャッチ。すぐさま立ち上がり、1塁に鋭い送球。これをアウトにした。



これに感化されたのは、同じく守備固めに入ったレフトの朝日奈君。





レフトのファウルゾーンへ飛んだ打球に俊足を飛ばす。そして最後はスライディングキャッチ。グラブから遠い体の右側にグラブを伸ばすようにしながら、掬い上げるようにしてボールを掴んだ。



セクシーなポージングのまま、3塁の審判おじさんに完全捕球をアピールしてアウト成立。



あっさりと思田くんが108球のプロ、そして今季のチームとして初の完封勝利を飾ったのだった。





ちょっと厳しい戦いだった広島カルプスとの3連戦を1勝2敗で乗り切り、そこから再び勢いを取り戻したビクトリーズ。




11勝6敗で迎えた交流戦最後の試合。同点の延長12回裏。



2アウト1、2塁というチャンスを迎えていた。




バッターは、現在のビクトリーズで唯一1軍に定着している助っ人マン。




カンッ!!




マテルの打ち返したボールが右中間に飛ぶ。それほど会心の当たりではない。しかし、詰まりながらもしっかり押し込んだ打球に、やや前よりのいたセンターが懸命に下がっていく。



それでも追い付いた。後ろ向きに走りながら、最後はタイミングを合わせるようにジャンプ。




その瞬間…………。





ポロッ………。



着地をする瞬間に白いボールがグラブからこぼれた。フェンス際に向かう体の向きを変えるように、帽子を飛ばしながら、素手を伸ばすも、ボールは無情にその先の人工芝にボトリと落ちた。


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