ホン・ルイコさんでしたわね。
それでも、今年のビクトリーズは違う。
8番ロマーノがレフト前へ技ありのヒットを放つと、緑川君がデッドボール。そして1番の並木君が1塁側に絶妙なプッシュバントを決め、ノーアウト満塁という最高のシチュエーションになった。
ハードバンクスはピッチャーが変わる。
石見という勝ちパターンにも組み込まれるピッチャーが現れ、おいおいマジかよという雰囲気になる。
試合は7回とはいえ、同点のノーアウト満塁。ここまで未だ失点をしていないピッチャーを送り出してくるとは。現在Bクラスに沈む西の巨星がなりふり構わない必死の継投を展開してきた。
データでも映像でも、とにかくストレート、ストレート。160キロに迫る強いボールで押し込んで最後はスライダーやフォークで三振を奪うタイプですから、当然追い込まれるまではストレートに張る。
という意識の中できたのはフォークボール。真ん中低めから、ベース板のキャッチャー側でバウンドする素晴らしい低さに、俺のバットはしっかりと止まった。
ヤバい!見えてしまっている。
振れ!振れろ!振れ振れろ!何が何でも真っ直ぐを弾き返せ!
と思って初球を狙いにいったのに、ボールが向かってきた瞬間の違和感でフォークボールと感付き、体がスイングを止めてしまったのだ。
2球目。初球のボール球フォークが見られましたから、もうゾーンの中にストレートを投げ込むしかないのは、ドームに詰めかけたみんなが分かっていた。
後はその157キロとか158キロのストレートをどのくらいのコースに投げ込めるかというところだった。
サインの交換を終わり、3塁ランナーに目をやりながら足をゆっくりと上げ投球してきた。
まるでライオンのような迫力のボールが俺の膝元へ。タイミングを計るようにしながら、バット若干出した格好で俺は見送る。
「ストライーク!!」
ビシャゴォンッ!!
という爆発したような捕球音が響き、球審がストライクポーズを決めた。
158キロ。インローギリギリいっぱい。これは無理。
この1球は忘れることにした3球目。ストレート、真ん中低め。見逃したら次はフォークボールか。打つならここかと、バットを出した。
カキッ、ポーン!!
打った後になんとお間抜けな音が一瞬響いた。
ホームベースでワンバウンドした打球は頭上に嘘みたいな高さで舞い上がっていた。
ピッチャーも投げ終わりと同時に、自分の頭上を見上げる。ピッチャーマウンドを右斜め後ろに下がるように高く跳ね上がったボールの落下点に入る。
なんだかその光景が妙に鮮明にゆっくりに見えて、ピッチャーがグラブを上に向けながらボールが落ちてくるのを待っている間に、俺はぐんぐんと1塁へ進む確かな感覚があったのだ。
1塁ベース間際になったら、ベースに向かって足を出すだけ。おっ、これもしかしたらセーフになるんじゃね?と一瞬思ったら、送球を待っていたファーストがベースを離れてボールを追いかけた。
ピッチャーがビシッと送球したと思ったボールは、カッコいいアウトコールを決めようとしていた1塁審判おじさんの足元に転がっていったのだ。
それをファーストの選手が飛び付き、さらにこぼれたボールをまた立ち上がって急いで拾いにいく。
2塁ランナーが3塁でストップしたのを見て、タイムがかけられた。
ピッチャーがマウンドの後ろ辺りで右足のふくらはぎを押さえて人工芝の上で倒れ込んでいたのだ。
周りの選手達が駆け寄り、ハードバンクスのベンチからピッチングコーチとジャージ姿のトレーナーが飛び出す。
勝ち越しの雰囲気は何処へやら。ハードバンクスファンもビクトリーズファンも心配そうにグラウンドを見つめる。
「ただいま、石見投手の治療を行っております。しばらくお待ち下さいませ」
アナウンスが入り、場内がざわめく。
「今、新井の打球を処理した石見でしたが、
送球の際でしょうか。足を痛めてしまったようですね」
「ふくらはぎ。ハムストリングのトラブルだと思いますね。足が釣ってしまったというレベルの痛がり方ではないので、もしかしたら肉離れかも知れませんよね」
サッカー選手がたまにやってしまったりするのを見るけど、すごく痛そう。俺は肉離れになったことはないけど、過ぎ去りし時から目覚めた頃。
宇都宮スポーツセンターというところにはプロ専のリハビリ施設がありまして、たまに他の競技の選手達がいたりするんですよ。
北関東圏のチームに所属するサッカーやバスケやオリンピック選手の方々がいたりして、そういう怪我や故障の話をアイスかじりながら聞くんですけど、ふくらはぎの怪我は突然やってくるみたいで。
疲れがあるとかないとかはあまり関係なく、調子よく体が動いている時ほど危なかったりする。
痛いと感じた時には、思った以上にやっちゃっていて、離脱する期間が延びてしまう場合もあるとか。
この石見というピッチャーも、本来ならリードしている8回に出てくると思っていたんだけれど、ワンテンポ早い登板でちょっと体と気持ちの部分でフィットしていなかったんじゃないかと思う。
もちろん裏でしっかり準備して出てきたんだけれど、ハードバンクスは最近チーム状態が良くなかったですから、なんとかここで自分がチームを救うピッチングをしなければと。そんなメンタルだったと思いますよ。
1点もやりたくないところで、交流戦絶好調のやつが目の前に出てきたわけですから、アドレナリンギンギンて感じで。
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