これがわたくしよ。

「続きまして、プロ野球オールスターの入場です!!」




11月末、水道橋ドーム。時期的にちょっと寒いですから、いつもより空調を効かせていく中、撮影が始まった。



お正月の恒例、グラウンドにヒットだの、ツーベースだのと書かれたシートやギミックを設置したガチの野球盤。




ビクトリーズの真っピンクなユニフォームに身を包み、俺は1塁ベンチの裏に控えていた。




「プロ野球オールスター、まずはこの人!ユータ、ヒラヤナギー!!東京スカイスターズ!!」




ノリノリな男性スタジアムDJの紹介で、真っ白な煙が噴射され、平柳君が小さなアーチの中を通ってグラウンドに飛び出す。





そして低く構えたカメラの前で挑発的なポーズを決めた。





「続きまして、ケイ、ウラーノー!!広島カルプス!!」




真っ赤なユニフォームの浦野君が颯爽と飛び出し、カメラの前でシャドーボクシングを決めた。





「続きまして、ジュンイチ、タナハシー!!京都パープルス!!」




ドスドス走ってカメラの前でお相撲さんのようにごっちゃんポーズ。





「最後はこの人!! お帰りなさい!! トキヒト、アラーイー!北関東ビクトリーズ!!」



ADのお兄ちゃんに合図を出されて、用意されていた楽屋裏のお弁当を食べながら、俺はグラウンドにゆっくりと出ていった。





カメラの前では、トンカツに小袋のソースを垂らすパフォーマンスでチームメイトの元へと向かった。



「オッケーイ!」



「頑張りましょう!新井さん!」



「ウエーイ、新井さん、ナイスー!!」



お箸を持ちながら3人とハイタッチを交わして、並び終わると、対戦する芸人チームから早速イジリが入る。




「おいおいおい!神聖なグラウンドで何食ってんだよ!!」



番組の主役、名門野球部出身の大御所芸人が声を張り上げた。




「ちょっと待って下さいね。このトンカツだけやっつけちゃうんで」





「トンカツやっつけちゃうんでじゃないんだよ!!腹空かしてんじゃねえよ、4割打者がよ!」



そうツッコミされると、横にいるちょっと小柄な家来的ベテラン芸人が補足に入る。



「あの人ね、新幹線で寝過ごして品川まで行ってましたからね。そのせいで球場入りが遅れてバッティング練習やってませんから。ピンクのグラコン着こんで焼き肉弁当食ってましたよ」



「何個弁当食うんだよ! 金取るからな!!毎年予算減らされてるんだから!」





「「ギャハハハハ!!」」




そんな風に、おケツを使ったノリで用意された台本の内容など知ったこっちゃないやんちゃな展開をいきなりかましてやったのだが、さすがは百戦錬磨のお笑いマンである。



すぐさまスパッとツッコミを入れて、横から補足のフォローを入れて、現場が爆笑に包まれた。




そしてオリンピック帰りの3人もそれぞれ色々とイジられながらも、銀メダルで終わってしまった結果を労われた。



両チーム並んで、スポット用の写真を撮り、いよいよ試合開始である。



「先攻のオールスターズ、1番、新井時人!!」



マシンとギミックのセッティングが終わり、俺がバッターボックスに向かう。



「新井さん、ホームラン、ホームラン!ホームランしかないよ!1番バッターは!」




カメラが側に寄ってきたから、テンションの上がった平柳君がそう声を張り上げた。




「おっしゃす!おっしゃす!」



番組プロデューサーの甥っ子で、今は独立リーグでプレーしているというキャッチャー役と、ちゃんとした球審おじさんに挨拶をして、俺は右バッターボックスに入る。




今しがたに言われてしまった通り、参加者全員がやっていたバッティング練習はやっておらず、軽くウォーミングアップをしただけ。




それに加えて、ただでさえ5ヶ月にオギャーしたばかりの変化球大好きマンですから、初球に何が来るからは明白である。





映像のピッチングフォームに合わせてボールが放たれる。




ストレート。




140キロ。




真ん中低め。






カキィ!!





ピンクバットがそのボールを叩いた。





水道橋ドームのレフト後方。赤と白の鮮やかな看板。ネットをもっと快適に。という看板に向かって打球がグイーンと上がる。




さすがにそこまでは飛ばなかったが、レフトフェンスのギリギリのギリッギリに俺の放った打球が飛び込んでいった。





「オッケーイ!!」



「新井さん、すげー!!」



「ウエーイ!!」



バットを右手に持ったまま、万歳して喜ぶ3人の方を見ながら、俺は1塁に向かってゆっくり走り出す。



バックスクリーンには、ホームラン!と火がボーボー立ち上る演出で表示されるのを眺めつつ、必要のないベースランを1周完了させた。




ホームインすると、子供のように喜ぶ3人と、ここぞとばかりに飛び跳ねるようにするリポートアナウンサー。



改めて全員と右腕をタッグさせて、防球ネットの後ろに設置された仮説ベンチに腰を下ろした。



「タイミングばっちりでしたね。真っ直ぐ狙ってました?」



浦野君が差し出してくれたドリンクを受け取ってそれを飲み干した。



「もう真っ直ぐしかなかったでしょ!」



「確かに。新井さんに変化球入りはないっすからね。5年前も広島でやられましたし」



「5年前か。俺にしてみれば半年前みたいな感じだね」



「やっぱそういう感覚なんですか?」



「記憶というか、時間の感覚がすっぽり5年間なくなってるからね。気分は冷凍保存されて感じだよ。映画みたいに………」



「へー」



「新井選手、新井選手!ナイスホームランでしたね!!」



カメラマンを引き連れたアナウンサーが素晴らしい笑顔で現れた。



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