60メートルというのすらサバ読んどる。

「その彼が、彼らしいバッティングでチャンスを広げてくれて、これ以上ない最高の場面を用意してくれました。出来ることなら自分もヒットを打ちたかったですけど、外野にフライを打ち上げるのが精一杯でした。


すみません。


しかし、最後までチームメイト達が必死に野球をする姿を間近で見ることが出来て、チャンスを下さった監督、首脳陣、チームメイト。関係者の皆様。そしていつも熱い声援を下さったファンの皆様。幸せな野球人生を送ることが出来ました、本当にありがとうございました!!」




そう言って鶴石さんか頭を下げると、スタジアムは大きな拍手で包まれた。



そして、お馴染みの登場曲が流れる中、朝は、今大注目!!フレッシュな19歳のもちもちJカップ!というグラビア記事を凝視していた43歳のおじさんがグラウンドをゆっくりと1周しながら、ファンに感謝の気持ちを伝えていた。



そして鶴石さんをみんなで胴上げ。わっしょい、わっしょいと5回胴上げした。





足早に他の選手は戻り、ミーティングルームで軽く反省会をしながら主役の登場を待つ。





「来ましたよ!」




見張りに出ていた北野君が戻って来ると、花束を抱えたままの鶴石さんが気恥ずかしそうに戻ってきた。




「お疲れ様!!」



「今までお世話になりました!」



「もちもちJカップ!」



みんなが集まるミーティングルームは拍手に包まれ、鶴石さんが阿久津監督の横に立つ。






「え~改めましてにはなるけれど、鶴石光友は、選手としてユニフォームは脱ぐことになりますが、実は球団からコーチとしての話が来ているということでまだ確定ではないけれど、またみんなは鶴石の指導をまた違った形で受けることになると思う」




確かにビクトリーズはまだまだ色んなところの人材が不足している球団ですから、鶴石さんほどの実績がある選手なんて、即オファーしておかないと。




ビクトリーズに来て3年目には、家族を呼んで宇都宮でいいマンションも買っていたみたいだし、後は時期が来れば公式に発表があるところだろう。




阿久津政権は、来年勝負の3年目ですからわ、球団創設以来ずっと最下位のビクトリーズはそろそろ組織としての結果が欲しいところだ。



いきなり1軍コーチというのはまだ分からないが、阿久津監督との意志疎通は抜群に取れますから。


バランスを考えて、2軍の野手総合コーチか、1軍との潤滑を良くする役も担いながらのバッテリーコーチ辺りが適任ではないかと、俺は考えた。





「鶴さん、鶴さん!飯行きましょうよ!」




「あの焼き肉屋がいいっすよね!」



「すまんな、今日は家族で出かけて食べるからまた今度な!」




「えーっ!?今度っていつすかー?」



「シーズンは終わったけど、すぐに秋キャンプだろ。現役選手は気を抜くな!」




花束を持ち替えながら、鶴石さんが同じキャッチャーの緑川君をそう叱ると、朗らかな笑いが起きた。






というわけでわたくしもまっすぐ帰る。




「おとう、おかえり~!」



「パパ、おかえり~!」



「はい、ただいま~!」




おうちに帰ると、鍵を使ってドアを開けた瞬間、双子ちゃん達がトテトテと走ってきて、俺の足にしがみついてきた。




今日は野球観戦して、パパが野球をやっているところを初めて生で見ることが出来ましたから。



その1打席でヒット打てましたし、俺の家庭内評価もうなぎ登り。少なくとも、向こう1年間の信頼を得ることが出来た。そんなところであります。



「パパ!抱っこ!」



「ちょっと待ってな、おててを洗うから」



洗面所でうがい手洗いをし、もみじの体をひょいっと持ち上げて抱っこしてやると、かえでは俺のスボンをつまみながら俺の顔を見上げる。



「おとうのヒット凄かった!」



「うん!凄かった!もうちょっとでホームランだったもん!」



「どこかあとちょっとでホームランやねん!60メートルは足らんわ!」





「おかえり、時くん」



「ただいま、みのりん。今日のご夕食は何かしら?」



「今日は、でっかいサーロインステーキです!」




「よっしゃあっ!!みのりんステーキ、キタァ!!」



「パパ、喜びすぎ」




「ステーキ最高じゃん!もみじは嬉しくないの?」



「単純にうるさい」



「かえでもステーキすきー!いっぱいおかわりするー!」




アチアチのステーキでビールをやりながら、家族に試合や鶴石さんの話をしつつ、白飯をかきこむ。




サイコーですよ。









「そうなんですよねえ。ありがたいことに、スターラガーのCM撮影は決まってまして。後は洗顔料の方からも」



「そっかあ。復帰したばかりで君も忙しいね。それじゃあ、この辺りは?」



「そこならいけますね。この週の水曜、木曜は確実に空けておきます」



「よろしく頼むよ。君が写っていないとビクトリーズのカレンダーにならないからさぁ」



「あははは!」



秋キャンは免除となり、多少自由な時間がありますので、そそくさと芸能的なお仕事。



ビールとイカルガと化粧関係とドンブリやんとか、あとマイプロとかいうやつも。



契約中のCMをすっぽかしたみたいな形になっちゃってますから、そのお詫びの挨拶周りで都内に行き、ジムで少し体を動かした後に、球団事務所に行ってカレンダーとポスター撮りの打ち合わせ。







マネージャーってどこに売っていますの?







という冗談はさておき、俺がいるといないとでは、球団公式カレンダーの売れ行きがケタ違いらしくて、俺が最終戦で復帰してサヨナラに繋がるヒットを打ったということが広まると、新規や復帰会員がドシドシやって来ているということで、少々無理して頑張った甲斐があるというものだ。





それと同じくらい嬉しいのが、CM関係のクライアント様のお言葉でして。






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