これは楽しいヒーローインタビューですわ!
「どうも、今日の試合で先発した岸田です」
と言って、キッシーも俺のボケに乗っかった。
35歳コンビのヒーローインタビュー。1塁ベンチの中で色んな大人達が忙しなく動いているのを見ながら、まるで漫才をするかのように、ボケあり、ツッコミあり、スカシありでなんとか場を繋いでいった。
「それでは最後に岸田さんからファンの方々へメッセージをお願いします!!」
「本当に温かい応援をいつもありがとうございます!来シーズンはもっといい結果を目指して頑張りますので、 またご声援の方よろしくお願いします!」
「それでは新井選手もお願い致します!」
「えー………だいたいキッシーとおんなじです!!」
「ありがとうございました!本日のヒーローは新井選手と岸田選手でした!」
準備の方が整ったようなので、俺とキッシーはファンに手を振りながら足早にベンチへ下がり、着替えにいった。
少し照明が落とされて、ホームベースの少し前にスタンドマイクが設置される。
「ご来場の皆様、ただいまより鶴石光友選手の引退セレモニーを執り行いたいと思います」
そうアナウンスされると、まるで卒業式が始まる時みたいに、スタジアムがシンとなった。
まあでも、卒業式みたいなものか。
ビクトリーズの選手達が1塁のベンチ前にズラリと並び、横浜ベイエトワールズの選手も、3塁側に並んでもらっていた。
そして鶴石さんがベンチから走ってホームベースまで向かい、両方のベンチに向かって深々とお辞儀をした。
「鶴石光友選手が本日を持ちまして、現役生活に別れを告げます。鶴石選手が歩んだ23年間を振り返りたいと思います。皆様、バックスクリーンのビジョンをご覧下さい」
バックスクリーンと左中間、右中間にあるサブビジョンには、まるでドキュメント番組のような入りの厳かなナレーションが流れ、鶴石さんの半生が流れる。
昔っぽいガチっとした角刈り頭の青年が胸に所属チームのバッジを着けたスーツを身に纏う、若かりし鶴石様。
不器用にマイクを持ちながら、緊張した面持ちで、2位でドラフト指名された気持ちを述べている。
そして赤い静岡ヒーローズのユニフォームを着た鶴石さんがプロ初ヒットとなるツーベースを放ち、ホームランを放ち、鋭い送球で2塁をアウトにした。
時には乱闘に巻き込まれ、時にはバックネット際に飛び込んでフライをキャッチし、日本一を決めてピッチャーの熱い飛び付き抱擁を受け入れる。
ビクトリーズでも、マウンド上に向かって若いピッチャーにアドバイスをし、試合を決めるホームランを放って、ガッツポーズしながらベンチに飛び込む。
そして最後は春先に行った引退会見で涙する様子の中、静かにブラックアウトし、最後は今日のサヨナラ犠牲フライの場面。
そして静かに、現役生活に幕と文字が現れた。
一呼吸置くと、映像が切り替わり、鶴石さんと縁のある方々からのビデオメッセージタイム。
かつて日本一に輝いた時に、最優秀バッテリーを受賞した時のエース。3年目の鶴石さんが頭角を表したことで引退を決意した先輩キャッチャー。
沢村賞を獲得するまでになった同期のドラ1ピッチャー。
時には謹慎事態になるまで大乱闘を繰り広げたライバルチームの名助っ人マン。
人が変わる度に、スタンドのファンから懐かしがる声が聞こえ、一緒にビクトリーズにやってきてバッテリーを組んだ広元さんからのメッセージで最後はしんみりとした雰囲気になった。
そして花束タイム。
ビクトリーズからは阿久津監督と連城君が花束を渡し、横浜さんからも4年ほど一緒にプレーしたキャプテンを務めるベテラン選手からも涙混じりな感謝の声と共に、熱い抱擁を交わした。
最後はグラウンドの真ん中に立つ鶴石さんにスポットライトが当てられ、もうガン泣きの43歳が何度も涙を拭う。
「まずはこんな素敵な場所と時間を与えて下さった球団関係者の皆様、そして試合が終わってもスタンドに残って下さいますファンの皆様、そしてこうしてお付き合い頂いている横浜ベイエトワールズの皆様、私のために、本当にありがとうございます」
まずは感謝の言葉を口にした鶴石さんが涙が零れぬようにか少しの間だけ上を向いた。
「私は20歳の時に静岡ヒーローズからドラフト指名され、入団することが出来た最初のキャンプの時に、当時の監督だった今田さんから、いいキャッチャーは常に周りを助けることが出来るんだ。その助けが支えになり、それがいつしかチームの柱になる。
その考え方をずっと胸に刻みながらプレーしてきました。1年でも長く1日でも長く現役でいたいと、自分なりに努力することが出来たことが、23年現役でいられた要因ではないかと思っています。
それでも、もう今や自分の体は動きません。30メートルの距離もキャッチボール出来ませんし、全力で塁間を走ることも出来ません。1イニング守備に着くことも断るしかありませんでした。
出来ることなら、もう1回でいいからキャッチャーのポジションに就きたかったです。
もうグラウンドに立てない。引退になる試合にも出られないんじゃないかと、諦めていた自分の前に現れたのが、新井時人でした。
彼は6年間昏睡していたのにも関わらず、辛いリハビリと入院生活をクリアし、驚異的な回復力を見せ、2軍でただコーチの真似事をしていた自分を鼓舞してくれ、ずっと一緒にトレーニングしてくれました。
その時に、たくさんメシも奢らされました!
そして1ヶ月、この試合のために体を動かし、彼が一生懸命頑張っている姿を見てすごいパワーをもらいました」
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