鶴石様、最後の姿。
普段と変わらず、選手達は声を張り上げてベンチを飛び出す体勢を作っている。
1番泣きそうなのは、腕組みをしてじっとグラウンドを見つめる。こんなギリギリで俺と鶴石さんを送り出したご本人でしょうか。
盟友ですからね。
「サインの交換終わりまして、セットポジションに入ります」
「露摩野、新井と勝負が早かったですから、初球で決まる可能性もありますよ………」
ビシュッ!
ググッ!!
カキッ!
「鶴石打ったー!ライト、ライトに上がりました!!前に来ていたライトが少し下がって………定位置か!?掴んで、3塁ランナースタートー!!露摩野が走る、露摩野が走る!!ボールが返る!!……ヘッドスライディング!!サヨナラー!!鶴石!サヨナラ!!!サヨナラ!!現役最後の打席で、サヨナラ打!チームを勝利に導きましたー!!!」
鶴石さんが打ち返したボールがスコーンとライトに向かって飛んだ瞬間、もっと飛べ、もっと伸びろと、叫んでいた。
ビクトリーズスタジアムは基本、レフトからライト方向に緩やかな風が吹いていますから。
それにも若干後押しされた飛球がちょうどライトの定位置まで飛んだ。
サヨナラシフトで若干前目に来ていたライトが最後も、もう1歩下がってからの捕球になりましたし、3塁ランナーは俊足の露摩野君ですから、一目散にベンチを飛び出した。
露摩野がヘッドスライディングでホームインするのを横目に、側を走っていたキッシーからお水入りのペットボトルを受け取りながらとにかく走った。
「しゃああぁっ!!」
などと、割と普通にグーでバンザイする鶴石さんの元へみんなが飛び込み輪が出来る。
「うおおっ!サヨナラじゃー!」
「鶴さん、サイコーっす!!」
「かけろ、かけろ!!」
四方八方からもみくちゃアンドスプラッシュ。鶴石さんだけでなく、ほぼ全員がびしょ濡れになりながら、鶴石さんの現役としての最後の輝き、その時をチーム全員で共有し合ったのだ。
チームメイト達が水切れになると、阿久津監督をはじめとした首脳陣達も鶴石さんの元へ向かい、抱き合ったり、固い握手を交わしたりで、サヨナラ打を放った鶴石さんの労をねぎらっていた。
とりあえずひとしきり盛り上がったので、ベンチに戻ると、広報部の女の子が俺の元へとやってきた。
「新井さん!お疲れ様です!お久しぶりですっ!」
「き、君は!?」
俺はその子を見てはっとする。
以前、ファンショップの前で俺のユニフォームが売り切れで買えずにorzになっていた島娘だったからだ。
宮森ちゃんみたいな広報スタッフがいると聞いていたが、この子だったとは。
「あのっ!新井さんと岸田さんでヒーローインタビューお願いいたします!鶴石さんのセレモニーがあるのでいつもより伸ばし目で………」
普通に考えれば鶴石さんがヒロインだけど、彼のお言葉は最後のセレモニーでのお楽しみというわけですか。
「わかった。キッシーにひとネタやってもらうようにお願いしとくね」
「ふざけんな。変なコントとかやり始めて、俺を巻き込むなよ!」
「あら、キッシーいらっしゃいましたね!」
背後には右肩をずんぐりむっくりアイシングしながらのキッシーが俺を軽く睨んでいた。
「放送席、放送席!今日のヒーローはおふた方、サヨナラに繋がる見事なバッティング、新井選手と三者三振、勝ち投手となりました岸田選手です!!」
「どうも、どうも!サヨナラ犠牲フライを打ちました、新井時人です!」
「違うだろー!」
「いいぞー!もっとやれー!」
「新井さん、ビクトリーズスタジアムは6年ぶりとなりましたが………いかがでしょうか?」
「言うほど変わってないですねえ。あっ、でもこの前、家族であそこのプレミアムスウィートルームを利用したんですけど、あれはサイコーでしたね。
目覚めてからは、病室のテレビやタブレットで試合を見ていたんですけど、やっぱりスポーツは生で見るに限りますから。
スウィートルームはかなり高い料金ですけど4、5人で割れば1年に1回くらいはいけるかなって感じなんで、是非ご検討下さい。………そういう風に言えって運営班の方から言われました!というわけで宣伝完了です!」
「「ギャハハハ!!」」
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