奥様のラストオーダーはオムライス。

そんなことを思っていても、今の俺にはそんな指摘も伝わらない。




声を張り上げるポニテちゃんとギャル美。拍手のタイミングを一生懸命合わせる子供達。ラーメンの余韻を楽しむみのりん。



手を合わせて祈るようにしながら旦那の姿を見つめる宮森ちゃん。




2ボール2ストライク。




インコース低めのボールになんとか桃ちゃんは合わせた。







「打ちました!高いバウンド!ピッチャーを越えた!ショート平柳が飛び付く!!抜けましたー!!センター前!!2者が返る!2者が返ってくる!!


ホームイーン!ビクトリーズ、勝ち越し4ー2!!代打、桃白に貴重なタイムリーが飛び出しました!!」




決していい当たりではないが、抜けるならここしかないというしぶとい打球。




ジャンプしたピッチャー、ダイビングした平柳君の両方のグラブをかすめるギリギリ具合に、余計嬉しさが爆発。




泣きそうになる宮森ちゃんを中心にしてここにも歓喜の輪が出来たのだった。










「空振り三振!!8回は酒屋!最後はクローザー岸田が三振できっちり締めて20セーブ目!ビクトリーズは連敗脱出です!!」





キッシーのフォークボールはまだまだ健在のようで、最後のバッターからきれいに空振りを奪い、小さくガッツポーズ。



駆け寄る緑川君からウイニングボールを受け取り、笑顔を見せた。




「うえ〜!本当に良かったです〜。皆さん、ありがとうございましたっ!!」




試合が終わった瞬間、宮森ちゃんがまた泣きながらみんなに頭を下げる姿を見て、ギャル美が大笑いした。




「アハハハハッ!なに泣いてるのよ!今日で終わりじゃないんだから、明日からまたスタメンに戻れるように、ちゃんと旦那に伝えなさいよ」




「そうですよ、宮森さん!チームに桃白選手は絶対に必要なんですから!しっかり支えてあげて下さい!」




「のぞみちゃん、頑張って!栄養バランスと高たんぱくの食事を」




「はい!みのりさんに教わったことを無駄にはしません!!」




「2個目のパフェを食べている途中では説得力が………」




と、みのりんに指摘されてしまい、宮森ちゃんの顔が今度は真っ赤になったのだった。





「それに来年は、この4割打者が復帰する予定なんだから、ウカウカしていられないわよ!また外野手争いが激しくなるんだから」




ギャル美は何故だか偉そうに、自信満々な感じで俺の肩に手を置いた。




本当はとある事情で、なんとか今シーズンの最終戦にちょっと無理してでも復帰しようと考えているのだが、それはまだ彼女達には内緒である。





「皆さん、そろそろラストオーダーですよ!甘い物はいかがですか?」




「新井さん、このフォンダンショコラを………」




「宮森ちゃん……まだ食うのかよ。パフェも2つ目じゃん」




「なんだか安心したら、お腹がすいてしまって」




「それは最近食べてなかった人だけが言えるセリフだから」




試合が終わりしばらくしたら、許可は頂いていたので1塁側のベンチ裏からぐるっと回って、東京スカイスターズ側に行くと……。


「新井すわぁああぁんっ!!」



まだ、はっともふっとも言っていないのに、平柳君が廊下の向こう側からダッシュでやって来て、俺にはぐはぐ。



「新井さん!俺、絶対に目を覚ましてくれるって信じていましたよ!!」


「あはは、そうだな!あの程度じゃくたばらんよ」


そんなセリフを吐いたが、俺達2人の目から涙が溢れるのは必然だった。



「じゃっ、子供達が待ってるんで!」


「はやいっすよ!もっとゆっくりと運命の再会を!」


「運命ではない」





1週間後。




晩飯の後。




我々新井家はデザートの種なしぶとうと地元のいちごである、とちおとめを頂きながら、4人でテーブルを囲んでいた。




記念すべき第1回家族会議である。




「みんな聞いてくれ。これより新井家は、週に1回この晩ごはんが終わった時間に、定例の家族会議を設けることが決定した」




「おとう、かぞくかいぎってなにするの?」




「そうだね。1週間にあったことを報告したり、家族で共有するべき情報を提示しあったり。君たちが小学生になったら、おこづかいプレゼンテーションも開催されるぞ」




「パパ、ぷれぜん………てーしょんって?」




「自分の欲しいものや買って欲しいものがあったら、アピールする時間が与えられるということだね。大きくなって、例えば新しいゲームソフトが欲しいとか新しいグローブが欲しいとか、弟が欲しいとかってなったら、この時間にアピールして、自分の力で勝ち取って下さい」




「へー!」




「まあ、それはおいおいとして。かえでともみじには重要なご報告があります!」




「えー!?」




「なになに!?」




「なんと………新しいおうちを買いました!」




「おうち!やったぁ!」




「パパ!どんなおうち?」




「えっとね、広いお庭付きの一軒家で、こうちょっとかくかくしたおうちなんですよー」




「おとう!かくかくしてるの!?」




「そうそう。たまに茶色とか黒とかで、かくかくしたおしゃれなおうちってたまにあるでしょ?おとうはああいう家に憧れてましてねえ!」





「ラーメン屋さんでいうと駅前通りの………」




「ラーメン屋さんで言わなくていいです」






「おとう!あとは、あとは!?」




新しいおうちと聞いて、かえではイチゴをちゅぱちゅぱとさせながら俺の肩にしがみつく。



「あとはねー。玄関が広くて、1階にママとパパの仕事部屋があって、リビングとキッチンが対面式のやつでー。壁におっきなテレビを掛けるぞ!あとソファーもみんなで寝転がれるくらい大きいのにして。


2階にはみんなで寝るところと、かえでともみじのお部屋もあって。あと半地下のトレーニングルームも作るんだよ」



「トレーニングルーム!? すごい!野球出来る!?」




「野球出来るほどは大きくないけど、かえでがちっちゃいうちは、キャッチボールが出来るかな。あとはティーバッティングが出来て、筋トレするマシンも置くのですよ。こう、コンクリートの壁に緑色のネットを張って、そしたらおうちで練習出来るからね」




そう言うと、今度はもみじの方が俺の口にイチゴを押し込みながら、ゆっくりと見上げてきた。



「それじゃあ、パパ。野球続けるの?」



「あらー、鋭いわね。もみじちゃんは、パパに野球やって欲しい?」




「やって欲しい。昔の動画でしか見てないから。パパがホームラン打つとこ見たい」




「ホームランはちょっと難しいかな?」




「かえでも見たい!おとうの流し打ち見たい!だって、すごいもん!また4割打って!ビクトリーズをゆうしょうさせて!あと、ホームラン!!」



「だからホームランはムリムリ」


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