流石に食うのを止める奥様であった。
露摩野君がルーキーイヤーから見せていた逆方向へコンパクトなバッティング。名古屋でのプロ初ヒットも、逆方向へおっつける上手いバッティングだった。
これでノーアウト1、3塁で、打順は打率1割9分2厘、右バッターのノッチ。ピッチャーは右投げ。当然左の代打が考えられる場面である。
そう感じたのは、無限の胃袋を持つ2児の母も同じだったようだ。
テラスから振り返って見ると、おっきいパフェをつつく長いスプーンの手を止めて、目の前のモニターを真剣に見つめていた。
「ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、北野に代わりまして、緑川」
出て来たのは、ノッチと同じキャッチャー、昨日はスタメンだった緑川君。打率2割4分、5本塁打。今日の先発は普段からノッチとコンビを組む連城君ということでベンチスタートだった彼がここで登場した。
恐らくは俺がスリープモードに突入したくらいから、鶴石さんの後継者争いを繰り広げてきたと思われるが、まだその決着はついていないみたい。
守備力に優れるノッチか、足の速さと打撃力で上回るグリーンリバーか。
まあ、右バッターと左バッターだし、先発投手との相性で使い分けるのがベターではあるが、この絶好の勝ち越しチャンスに緑川君のバットが快音を響かせた。
カキィ!
痛烈!!
バシィ!!
スカイスターズのファースト助っ人マンの飛び付き。その伸ばしたグラブに緑川君の痛烈な打球が収まってしまった。
2人のランナーが慌てて戻った。
打った緑川君は、バットを放り投げようとしたところで、嘘だろぉと天を仰ぐ。
そして、その男がやってくる。
「ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、連城に代わりまして………桃白!」
コールされた瞬間、俺達がいる部屋の中も盛り上がる。
「のぞみちゃん、来たよ!」
塩ラーメンをちゅるんと食べ終えたみのりんが立ち上がると、ユウタ君と遊んでいたもみじもびっくり。
「はい!」
宮森ちゃんはそう返事しながら、空になったパフェの器にチャカーンとスプーンを投げ落とす。
なんとか打って!という気持ちと調子悪いのにまたこんな場面で……と困惑する気持ちが入り乱れているようだった。
「ほら、のぞみ、さやか!テラスで見ましょうよ!」
ギャル美が宮森ちゃんの腕を引っ張りこっちに来た。
「ほら、ちょっとどきなさいよ!」
俺を無理ぐりどかして3人が入ってくる。
その瞬間、隣にきたポニテちゃんのいい香りが俺の鼻先をくすぐり、思わずにやけてしまう。
「………………ちっ」
みのりんと目が合って、俺だけに舌打ちが聞こえてしまった。取り繕うようにみのりんの胸元も凝視してバランスを取る。
「パパ!わたしも抱っこ!」
「あいよ!」
みんながテラスの方に集まったから、部屋のおもちゃで遊んでいたもみじとユウタ君もやって来て、みんなで手を叩きながら、ビクトリーズのチャンステーマ2で声を揃える。
「「ウオウォ、ウオウォ、ウオォ〜ウオォ、モ〜モシロ!!」」
周りのビクトリーズファン達の声が少しずつ重なりが大きくなり、グラウンドに振り注ぐ。
2球目。ワンバウンドした低めの変化球をキャッチャーが前にこぼす。
「「回れ、回れ!!」」
「「いけ、いけー!!」」
ウオウォ、ウオウォしていたビクトリーズファンが一斉に腕を回す。
スタートを切ったのは1塁ランナーのみ、キャッチャーは2塁に送球しようとする動作だけを見せて、3塁ランナーを牽制した。
露摩野君が2塁へスタンディングで到達し、3塁ランナーの石塚君が塁に戻る。よしよしよし!まあ、よし!これでゲッツーの可能性は低くなった。
ビクトリーズファン達からまた拍手が起こった。
カウント1ボール1ストライク。
3球目のストレートを桃ちゃんは打っていったが振り遅れのファウルボール。
打球が3塁側のスタンドに入ってため息に変わる。
トップを作る位置が悪い。
足を上げてバットがピタッと止まらなきゃいけない位置が浅い。スイングに力強さが生まれないし、自分の間合いが出来ないから、自分のタイミングにならない。
どんなボールをスイングしても、若干のズレを感じてしまう形になってしまうのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます