あの時、うどんをご馳走した甲斐がありましたわね。

「あ〜。キャラメルかー。ゴールデンレトリバーだもんね。大きくなるよねえ。どのぐらい?」



「双子ちゃん達が跨げるくらい大きいよ。時くんと再会したらどんな反応するか楽しみだねー。退院出来てからだけど………」




「そだね〜。ビクトリーズさん関連は?」




「ビクトリーズさん関連は………阿久津さんが引退してすぐに1軍監督になって、萩山さんは京都に戻ってヘッドコーチ。佐鳥さんと吉野さんも別のチームに行ったよ。時くんの天敵であります、丸山コーチと岩田コーチはいらっしゃいます。


ビクトリーズから移籍したのは、守谷くんと杉井君と川田君。ピッチャーだと、奥田さんが引退されて………リリーバーは結構変わったかも。広元さんとか、連城君、碧山君とか先発ピッチャーは、今もあの時と比べて、そこまで顔ぶれは変わってないかな。


でも、5年以上も経ってるから、時くんにしてみたら、半分以上の選手は知らなくなっちゃってるね」





阿久津さんに続いて、奥田さんも引退したか………43、4くらいの年齢になっちゃうもんね。





「あっ、そうだ。キャッチャーの鶴石さんが今年で引退するって開幕前に発表したんだった。今は兼任コーチしてる。でも、まだまだ試合には出てるよ。抑えのキャッチャーとして」





「凄いな、鶴さん!あの人は朝のクラブハウスで、新聞のエロいページ見ながらブラックコーヒーを啜ってるイメージですわ!」





「こらこら」




「生活はどうしてるの?」




「2人が3歳になるまでは私の実家に居て、去年の春から。幼稚園に通うようになってからは、いつものマンションに戻ったんだ。毎週のように、お姉ちゃんとか、お母さんが様子見に来るけど。2人共聞き分けいいし、仲良く遊ぶからね。


それで今、マイちゃんと一緒に仕事してて」





「マイちゃんと?どんな?」



「5年前に、週間東日本リーグで小説載せてもらってから、これは漫画化してみましょうという話になりまして」




「マジで!?凄すぎ!」




「ありがとう。色々選択肢はあったんだけど、マイちゃんとタッグを組んで、4コマ風の作品になったんだよね。週間東日本リーグでは変わらず連載して、今は下野新聞の4コマと、野球雑誌同じ出版会社の青年紙に共同連載があって………」




「へー!すげー!!新聞の4コマって凄いじゃん!やるなあ、幼なじみコンビ」




「ほら、時くんて昔からしょーもない冗談とか小ボケが多かったから、ぶつ切りにすれば4コマ漫画にしやすかったんだよ」





「なるほど。そーいうわけで………。褒めてるんですわよね?」





「そういうとこ。ほら、また1本ネタが出来た」







そんな話をしている間に、院内は消灯時間になり、例外なく我々がいるフロアも薄暗くなる。



向かいに見える病棟も、階段があるところ以外はフッと灯りが落とされ、各病室も断続的に真っ暗になっていく。












夜勤病棟というやつか。






しかし、みのりんと話したいことはもっとたくさんある。




枕元の灯りをこっそりと点けて、タブレットやスマホを開いて、こしょこしょモードで1番大事な話を始める。





「それでさみのりん………」




「もしかして、お金の話?」




「よく分かりましたわね」




「時くん。目が¥マークになってる」




「¥なに¥」





「¥それは半分冗談として¥」




「半分かよ。………この病室さ結構お高めな部屋じゃない?個室だし、めっちゃ広いし、テレビ見放題だし、備え付けの家具があって、風呂とトイレまで………」




「結構なんてもんじゃないよ。宇都宮のホテルなら毎日スウィートに泊まれるくらいの値段だよ」




「だよね。お金大丈夫なの?俺、ここに5年間寝てたわけだよね」





「5年間全部ではないけど。たまに2、3ヶ月くらい外に放置してたし」



「こらこら」




「それも3分の1くらい冗談として、時くんはあの春に、たくさん保険に加入してきたでしょ?アホみたいに」




保険…………?あ、そうだ。開幕前にスタジアムに来てたレディ達にうどんご馳走したあの日だ。





「あれだけ保険入ってたから、こんなことになっちゃったからもう凄くて。全部申請するのに丸3日くらい掛かっちゃったよ。


それに、事故があったサウザンドドームの管理会社とビクトリーズ球団。あと、オーナーのビクトリア会長さんからも支援金があったから。落ち着いたらお礼をしに行かないとね。


だから時くんは何も心配しなくて大丈夫」




「そっかぁ。保険たくさん入っといてよかったー」



「超ファインプレーだったよ」





「時くんは、これからどうしたい?昼間に、球団代表さんにも言われてたけど……」




すぐ側に置かれた暖色の灯りがみのりんの柔らかいほっぺたを優しく照らす。




「そうだなあ。出来るだけ早く退院して、かえでちゃんともみじちゃんと一緒に遊びたいな。…………あと、ナナちゃんもか。今まで寂しい思いをさせてきたわけだからさ、一緒にみのりんのご飯を食べて、アイス食べたり、ゲームしたり、お買い物行ったり、遊園地とか行ったりしてさ」




「いいね。凄く喜ぶと思う」






「後は何だろう………。家かな?今はまだあのマンション住んでるんだよね」




「そうそう。思い出の場所だし、なんだか離れられないし、時くんのご両親がお世話しに来てくれた時は、時くんの部屋に泊まってもらってる」




「確かにそうだね。でも、せっかくだからおうちを建てたいよね。我々のお城をさ。これからまた家族が増えるかもしれないし」




「時くんは、戸建て派?」




「そうだね。小さい頃からずっと借家暮らしだったのもあるから、やっぱりお庭のついた一軒家がいいかな。みのりんは?」




「私もそう!のぞみちゃんと柴崎君夫妻のマンションも凄かったけど。住むなら一軒家かわ良いですね」




「桃ちゃんと柴ちゃんはマンションなんだ。お高いマンション?」




「お高いよ。宇都宮で1番高いところかも。ベランダからの眺めがとんでもなかった。風も凄かったけど」




「なるほどね〜。結婚してそんなマンションを買えるくらい2人は頑張ってるということか」




「そうだね。あっ、そうだ。ちなみにこれが1ヶ月分の治療費諸々の請求書ね」



「どれどれ。……ぎょえ~!!」




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