わたくしもチーハンを食いてえですわ!

「もちろん、球団としてはまたグラウンドで元気な姿をファンの前で見せて欲しいと思う。でも、さっき向かう車の中でも話したけどやっぱり、奥様と娘さん達と過ごす時間を1番大切にして欲しいよ」



球団代表がそう話すように、ビクトリーズというチームとしてもそういう考えのようだ。



選手である前に、まずは父親として、5年間というかけがえのない時間をまずは、家族と一緒に取り戻して欲しい。



急いで選手として復帰することなど少しも考えなくていい。




これから体がどうなるか分からないし、お医者さんや奥さんや両親と相談しながらまずはその身と心を大事にしてゆっくりとして下さいと。



とりあえず会見でもそう話しておきますと、そんな案配で落ち着いた。






「おとうー!」




「パパー!」





「おや、どうやら娘さん達が戻られたようですね。私達はこの辺りで失礼しましょうか」




「ええ」




球団代表と選手管理顧問のおじさんが立ち上がり、阿久津さん。




阿久津監督が使った椅子3つを片付けた後に、また改めて俺の横に立った。




「必ず帰ってくると信じていたぞ」




「ああ、もちろん。あなたの現役時代の姿が見れないのがあまりにも惜しい」




俺と阿久津さんはそう言葉を交わして、がっちりと握手も交えた。




「目を覚ましたばかりなのに、突然すみませんでした」




阿久津さんはみのりんに向かって軽く頭を下げた。




「いえいえ!阿久津さんが来てくれて主人も嬉しかったと思います。奥様によろしくお伝え下さい。時くん、復活記念のスペシャルメニューを伝授しますので」





「あははは!それは楽しみですね!それでは、これで。新井、しっかり家族孝行するんだぞ」






「あっ、そうだ。阿久津さん」





部屋を出る間際の監督を呼び止めた。






「来年の開幕戦。1番レフトは開けておいて下さいね」






「開けるポジションなんてないさ。自分の力で掴みに来い。俺は4割打者だろうが、不幸があろうがなかろうが、グラウンドで戦う以上、特別扱いはしないからな」






そう言って阿久津監督は病室から出ていったのだった。





特別扱いはしないか。つまりはこんな状態でも、まだまだお前は野球選手だろうと、そう認識されているってことか。






「どうも。新井さんのお母さん、お父さん。この度は………」




「あら、球団代表!おかげさまで…………はい。本当にありがとうございます……」




廊下で出くわした大人達の会話が聞こえ、その隙間を縫うようにして双子ちゃん達と我が妹がやってきた。




「おとう、ただいまー!」




「おう、おかえりー!何食べたんだい?」



「ハンバーグ食べたー!チーズたくさん入ってるやつー!」




「あれなー!やっぱりそれ食べないとねー。もみじちゃんは?」




「サバの竜田揚げ。レンコンとニンジンのあまずの…………あと、ごもくごはんとちくぜんに!」



「小さい女の子がファミレスで食うもんちゃうやろ!」



「でも、美味しかったー!」



「確かに美味いんよね、魚を揚げてとろとろのあんがかかったやつも。ナナちゃんは何食べたの?」



「えっとね。………おこさまな……旗がある!」




「おこさまランチねー。ええなあ、退院したら俺とも行こうなー」




「あと、チョコアイスたべたよ!………それでねー。おとうにもあげたいって言ったら、まだダメって言われた」



「あー。おとうは今、内臓死んでるからねー。お水しか飲めなくて。もうちょっと待っててなー」




「だから、パパにおみやげ。はい、これあげる」



かえでちゃんともみじちゃんが同時に差し出してきたのは、木で出来た汽車のミニチュア。どうやら、定食やセットを注文するともらえるやつみたいだ。




「ありがとう!いただきまーす!」



「パパ、食べちゃダメー!」



という遊びを6回くらい繰り返した。





2人が帰ってくると、やっぱりてんやわんやで。今まで書いたお絵かきを見せてくれたり、タブレットで撮影した、4人が写った1ヶ月毎の写真を見せてくれたり。



と、大にぎわい。




みのりんとよく似た、真っ黒でツヤツヤしたショートヘア。笑う度に八重歯が見える活発な印象のある、俺のことをおとうと呼ぶ姉のかえでちゃん。



お姉ちゃんよりだいぶ伸ばしている髪の毛を左肩の前で、ピンク色の髪止めを使ってまとめているもみじちゃんは、タブレットやスマホの扱いが上手だった。




2人を見る度に、みのりんと俺の子供だなあと、何度も実感する。



そしてお母さん似でよかったねと、心の底からそう思うのであった。





「あ、そろそろテレビ点けよっか」



みのりんがそう言って、壁に掛けられた立派なテレビのスイッチを入れた。



ワイドショーのお時間になっており、変わる宇宙旅行!みたいな特集をやっていて、まるでスウィートのような、豪華な無重力客室が紹介されていた。





そんな最中…………。





ピコーン!ピコーン!






画面の上の方に、真っ白なテロップでニュース速報と出た。












プロ野球、北関東ビクトリーズの新井時人が昏睡状態から目覚める。



明日、球団関係者が会見を行う予定。









ニュース速報! ニュース速報!






プロ野球、北関東ビクトリーズの新井時人が昏睡状態から目覚める。





明日、球団関係者が会見を行う予定。







と、表示されたのだ。






球団代表おじさん達が帰ってから、僅か1時間ちょっとのことだった。





「うわー、すげー。全国にバレちゃったね」




「うん。みんなずっと心配してくれていたから、その方がいいと思うよ」





「パパ、たぶん、ネットもすごいことになってるよ。見てみる?」




「おう、見せて!見せて!」




もみじちゃんが真っ白な小さなおててで、まるでピアノを弾くように操作したタブレットでプロ野球の掲示板に行くと………。




キター!!



とか。





よっしゃああぁぁぁっ〜!!




とか。




マジかよ!!俺は信じていたぜ!とか。






はい、ビクトリーズ優勝!



とか。





あっという間にスレッドがいっぱいになっていた。


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