32って。そっちのがアンタッチャブルじゃ!
廊下をこちらに向かって走ってくるような、軽い足音と、それを叱りつけるような声。
それを聞いていたうちの女性陣達が………。
「来たみたいだね、時くん。びっくりし過ぎないでね」
「おかあ、誰が来たの?」
「ナナちゃんじゃない?」
「ナナちゃん!?やったー!」
みのりんと双子ちゃん達が病室の出入口に顔を向けた。
そこに現れたのは………。
「あら、トキ!本当に目覚めちゃったのね!」
俺の母親と………。
「うおっ!! 時人! 久しぶりだな!おはよう!」
父親。
そして2人に手を繋がれるようにして間に立つ、ちっちゃな女の子が俺のことを………。
「おにいちゃん!」
と、そう呼んだのだった。
両親が連れている女の子が俺のことをおにいちゃんと呼ぶ。いやいや、深い意味などなく、単に年上の男性だから、相対的におにいちゃんという呼称をなんとなく選んでいるだけだと思うことも出来るのだが………。
「時くん。お父様とお母様と一緒にいるこの子は、新井ナナコちゃん。時くんと32個、年の離れた正真正銘の実の妹さんです」
「なにぃ!!?実の妹だと…………32個年が離れたなんてそんなの、聞いたことありませんけど…………あたたたた、頭が………」
「あららら。ごめんなさいね。でも、連れて来ないわけにはいかなくて……」
「そうそう。おにいちゃんとお話出来るように毎日いい子にしてたんだもんな!」
「うん!」
もう、何が何だか………。
でも母親の、目覚めちゃったの!?ってどういうことですか?
「パパ、また泣いた」
俺がお目覚めになったのは、午前10時ぐらいだったみたいで、昼過ぎにはうちの両親と妹がきて、1時間くらいみんなで喋ったりしていた。
すると電話があり、球団関係者のおじさん達が来ることになり、両親がチビ達3人を連れてお昼ご飯に出かけた。
病室が静かになり、ようやくちょっと落ち着いてきた頃合いに、背広姿のおじさん達が3人現る。
「うおっ!!」
「おおっ!!」
「新井っ!!」
廊下から病室を覗き込んだおじさん3人が同時に驚く。
「失礼します。新井君………私のこと、分かる?」
「えーっと、選手管理顧問の部長さん!藤井さん!」
「そうそう!」
「お隣の方はちょっと………」
「私は本郷さんから引き継ぎまして2代目の球団代表であります、井ケ田と申します」
「あら、そうでしたのね。はじめまして。よろしくお願いしますわね。………そんで最後に控えしおじ様は…………。まるで奥様が元アイドルかのような雰囲気放っていらっしゃるということは………」
「阿久津だよ!!」
「ギャハハハ!!どーも、どーも、阿久津さん!ん…………その体型と顔つきを見るにもう現役は………」
「ああ、2年前に退いたよ。今はビクトリーズの1軍監督を務めているよ」
「あら、やっぱりそうでしたのね!」
「しかし、本当によかったな、新井。…………本当によかったよ。………みのりんさんと結婚してさ。子供も生まれるっていうタイミングであんなことになるなんて………」
涙脆くなったのは俺だけではなかったようで、阿久津さんが言葉に詰まりながらそう話すと、藤井さんと球団代表も同じようにハンカチで目元を拭っていた。
とりあえずベッドの横で椅子に座ってもらい、みのりんにお茶を煎れてもらいながら、お話をした。
もちろん、俺が目覚めたと聞いて仕事を放り投げて会いに来てくれたという気持ちはもちろんあるのだが、事の大きさ上、球団からメディアや関係者に向けての会見を開かなければならないので、その了承を取りに。
そこで改めて当時の新聞記事やネットニュースをみのりんが持っていたタブレット端末で見せてもらいながら事故の流れを聞いたのだ。
オールスター戦前のシートノックやるで〜!
レフトいくぞ!
カキッ!
「オーライ、オーライ!」
と、俺が打ち上がったフライを追いかけて落下点に入った瞬間に、大阪サウザンドドームの天井から、なにやら落下物があり、それが見事俺の頭に直撃したらしい。
そのまま俺はボールを掴んだまま倒れて、すぐに救急搬送されたが意識は戻らず。
頭部外傷の手術を受けて、2週間後ヘリコプターに乗せられて東京の病院へと向かった。
分厚いガラス越しにようやくうちの両親が俺の姿を見れたという話で、そこからしばらく経過観察をして今いるこの清原中央病院に移されたと、とりあえずはそんな流れ。
現役のプロ野球選手がオールスター戦前に起きた事故で昏睡状態に陥る。しかもその選手は来年に控えた東京オリンピック日本代表のキャプテン。
昨年は日本プロ野球史上初のシーズン打率4割というアンタッチャブルレコードを叩き出した新井さんというわけですから、それはもう大変な騒ぎになっていたらしい。
その時の番組を録画したやつが、みのりん部屋のブルーレイレコーダーのHDDの中にパンパンに入ってるらしいから、早く見てみたいものである。
という気持ちは半分冗談ではあるが、タイミングも婚姻届を出してすぐだったし、奥様のお腹に子供がいましたしという状況だったこともあり、ビクトリーズファンを中心に、おびただしい数の、励ましのメッセージがお届いたりしましたのでね。
どこかのタイミングで、自分の口から不死鳥のように復活しましたと、ご挨拶をしなければいけないなという気持ちになったりもした。
それプラス、1番重要なのは、今後どうします?という相談である。
5年間昏睡していた間も、ビクトリーズの選手として契約し続けていたという形ですから、今はこうしてベッドに寝たきりな感じですから、現役を続けるのかどうなのかというレベルの話にもなってきますよね。
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