第3話 地下へ落ちる

それはシュウジにとって小さな自殺だった。小心者の彼にとって多くの人の間で行動するのは苦痛であり、それを必要なことだと理解し行動しなければ彼のアイデンティティである母が、父が、そして友達のことを考えてしまう、その裏切りへの恐怖が彼にささやくのだ。

 胸に溜まる水銀のような不安を抱えて歩く。掌に掴んでいる紙の切符が端からよれていく。その切符を握った力が強すぎたのだとシュウジが気づくのは来世だろう。おどおどした歩みで席を探す彼を世界は笑っているように思えた。

 握りこんだ切符を十数回もみたシュウジはやっと自分がいてもいい席を発見した。涙は乾きTシャツも汗が染みていた箇所がなくなった。それは窓から3列席の窓側だった。

 幸い3列の並びに別の客はおらず、だからシュウジは荷物を上部の荷物棚に上げると、自分の窓際の席にどっかりと座った。そうして、流れる白い壁を流し見ながら、まただらしなく、誰にも見られないようにぽつぽつと涙を流した。

 白い壁が流れていくのを見ながら、シュウジは彼自身の罪を思い出していた。そうして誰がが自分を救ってくれないか、突然、神様が歩いてきて彼と彼の家族を現世と未来に安寧を施してくれないか、この辛い現実から救い出してくれないかという、くだらない妄想をしていた。

 この世にシュウジしかいなければ彼は自殺していたのに、彼には彼の依存すべき母と父があり、彼を生へと踏みとどませる友人が少なからずいるのだから、おかしな世界である。マイノリティが社会の役に立つ可能性というやさしい矛盾が彼を苦しめ、その矛先が両親とその先、社会に向かうのは何ら難しい解釈ではないと言えよう。

 そうしてつらつらと涙を流しながら白い壁はどんどんと地下へ落ちていった。

 

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青い森のおとぎばなし おぐりまと @matomato1

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