第2話 血痕

 私いま、とある施設で働いているんですね。朝に利用者さんを迎えに行って、リハビリやら入浴やら、レクリエーションやらをやってからまた自宅に送り届ける、どこにでもある施設なんです。


 先日、あるおばあさんのリハビリをしようとベッドまで迎えに行ったんですよ。お昼ご飯を食べた後はお昼寝時間があって、皆さんベッドやら布団やらで休むんです。


「〇〇さーん、リハビリのお迎えに来ましたよ」


 私はそのおばあさんの身体にかかっているタオルケットを取ったんです。

 そしたら、大体そのおばあさんの首元にかかっていた部分、その裏側に何か汚れがついていたんです、それも広範囲に。

 その汚れ、どう見ても乾燥した血に見えるんですよ。

 正直、私は焦りました。まあ、春先でまだ乾燥する時期だったので、指先が割れて血が出て寝具が汚れる、なんてことはよくあったんですが、それにしても量が多かったんです。

 すぐにおばあさんの指先、腕、首筋など肌の出ているところを確認しました。でも、しっかりと指の股まで開いてみても、どこにも出血の痕どころか傷の一つもなかったんですよ。私は頭を捻りました。

 仮にも人の命を預かっているので、施設利用中になんらかの怪我や変化があった際にはしっかりと報告をしなければいけないんですが、これはどうしたものか。『布団に血液のようなものが付着していましたが、傷はどこにもありませんでした』なんて報告、なぞなぞじゃあるまいし、ご家族だってこんなこと教えてもらっても困ってしまいますよね。私も困ったんですよ。


 それでも、リハビリ自体は問題なく終わったんですよ。

 さあ、次は報告です。私はその日の介護リーダーさんに事のあらましを説明しました。

 やっぱり、リーダーさん、周りで聞いていた人たちの頭にも?は浮かんでました。

 あのタオルケットは回収されており、回収をした人も、あれは血じゃないかという。でも出血なんて、傷なんてこれっぽちもないんですよ。

 突然、一人の介護士さんがその痕に顔を近づけたんです。

 ええ!何するんですか!って驚いたんですけどね。


 その介護士さん、顔を上げてこう言うんです。



「これさ、血じゃなくてチョコレートじゃない?」



 は?

 そんなん、今まで騒いだ分はどうしてくれるんですかみたいな事実。

 そんな馬鹿な、と思いながらも私のその痕に顔を近づけてみたんですよ。




 ん、これは。茶色のシミから立ち昇るほのかな甘い香り、そしてその奥から顔をのぞかせる香ばしい————チョコレートの豊潤な香り。


 実はそのおばあさん、午前中のお風呂上りに持参したチョコレートを食べたようで。昼食までちょっと休むかってんで、チョコレートのついた指でタオルケットを手繰り寄せお休みだったようなんです。昼食後は歯を磨き、トイレに行き、証拠は洗い流されたというわけなんですね。


 これ、怖くないですか?

 これ怖いか?そんな疑問もありそうですが、私にとっては怖いんですよ?血が出てるって大変なんです、しかも結構な量だったし。

 今後は自分の経験則もそうですが、嗅覚も頼れる相棒として動員しようと思ったのでした。

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